「文化的景観」を撤去

 2011年に再挑戦する「平泉」世界遺産登録をめぐる、ここ一ヶ月ほどの間の動きを簡単に書いてみます。

「平泉」の構成史跡見直し 世界遺産登録へ専門家会議
 岩手県教育委員会文化庁は22日、「平泉の文化遺産」(岩手県)の2011年の世界遺産登録に向けた初の専門家会議を都内で開き、遺産を構成する史跡を見直すことで合意した。
 「平泉」は「浄土思想を基調とする文化的景観」をテーマに、中尊寺など9史跡で構成する遺産として日本政府が推薦書を作成し、国連教育科学文化機関(ユネスコ)に提出。ユネスコ諮問機関は今年5月、荘園や城の遺跡など一部の史跡が浄土思想との関係が薄いと指摘し、7月の世界遺産委員会で世界遺産への登録が延期された。
 このため専門家会議では、推薦書の見直しに向け(1)浄土思想との関係が深いものを残し構成史跡数を減らす(2)関係の薄い史跡を削除せずにほかの史跡とあわせ遺産を構成すると説明する−ことを検討する。
(後略)
http://www.47news.jp/CN/200809/CN2008092201000794.html

 これは9月22日の共同通信の配信記事ですが、太字にしたところがポイントです。構成資産を減らすというくだり。これだと奥州市の遺跡が世界遺産にならなくなる可能性があります。でも浄土思想との関係が薄いとなれば、やむをえないということになりそう。小の虫を殺して大の虫を助けるというやつでしょうか。

 ところが10月5日『河北新報』では「浄土思想見直し軸に議論」との見出しで、こんな記述がありました。

◆資産構成は堅持
 一方、初会合ではっきりしたのは九つの資産が守られそうだということだ。登録への近道を考えれば、寺院や浄土庭園に登録の可能性を示した国際記念物遺跡会議(イコモス)の指摘に従い、骨寺村荘園遺跡(一関市)や白鳥舘遺跡などを外す方法もある。
 だが、資産構成を進めてきた文化庁としては今更、後に引けない。骨寺村荘園遺跡のある本寺地区地域づくり推進協議会の事務局長が「平泉の文化遺産を構成する重要な景観であり、資産から外れるなど考えられない」と語るように、地元の反発も予想されている。九つの資産は堅持される見通しだ。

 記事では、束稲山も加えては、という意見もあり、構成資産を減らすどころか増える可能性も出てきて、議論の行方は混沌としてきたような印象をもちます。

 そしてきょうの河北新報では、構成資産の数はそのままでコンセプト(概念・観念)を変えるという、ウルトラC的展開にいたったことが報じられていました。全文を転載します。

平泉文化遺産 コンセプトを変更 推薦書作成委「政治・行政上の拠点」に
 「平泉の文化遺産」(岩手県平泉町、一関市、奥州市)の二〇一一年の世界遺産登録を目指す岩手県教委と文化庁は十四日、国連教育科学文化機関(ユネスコ)に再提出する登録推薦書をまとめる二回目の作成委員会を東京都内で開いた。「平泉」の価値を示すコンセプトの一つ「文化的景観」が「政治・行政上の拠点」の変更される見通しとなった。文化庁の提案に委員側が同意した。
 文化庁が示した推薦名称は「平泉ー浄土思想を基調として完成した十二世紀日本の北方領域における政治・行政上の拠点」。遺産の学術的、歴史的意義を強調した。
 「文化的景観」の文言をはずした理由としては、ユネスコの諮問機関、国際記念物遺跡会議(イコモス)の勧告による影響が大きい。浄土思想と関連の薄い遺産があるほか、都市化が進んでいる中に遺産が点在しているとの指摘を受け、景観の重要性を認められなかった。
 文言の変更に伴い、遺産登録の評価基準で適用する項目も変える。「文化的証明」「浄土思想との結び付き」はそのままで、新たに「文化の相互交流」を加えた。これまでの「遺産全体の歴史的景観」「骨寺村荘園遺跡(一関市)の土地利用」の二つは除外した。
 委員会ではこのほか、遺産コンセプトの軸となる「浄土思想」について、「全体を網羅していない。九つの構成資産を見直すべきだ」(西村幸夫東大大学院教授)などの意見が出された。

 平泉−浄土思想を基調とする文化的景観

 が、

 平泉−浄土思想を基調として完成した十二世紀日本の北方領域における政治・行政上の拠点

 と、あいなったわけですか。ようするに、目に見える景観の悪さはどうにも誤魔化しきれないから、目に見えない内実や功績をフレーズにもってきたわけですか。これに委員会が同意したということは、2011年はコレでいくことがほぼ決まったのですね。

 それでいいのでしょうか。平泉の価値の高さは、だれでもわかりやすいように視覚で訴えるべきなのに、もう完全にあきらめたということでしょうか。

 イコモスに「都市化が進んでいる中に遺産が点在しているとの指摘を受け、景観の重要性を認められなかった」のは当たり前です。あんな景観のどこに「重要性」がありますか。重要性がないからこそ「景観」を前面に出し、これに重要性を付帯させるべく、まず文化庁が先頭に立って「都市化」をストップさせ、本番では景観復元へとつながる復古をうながす住民のエネルギーを示すべきでした。それなのに、文化庁岩手県教委も、最初から最後まで、とうとう住民にはその機会を与えませんでしたね。

 平泉の景観は、たしかに都市化――鉄塔・電信柱・国道・鉄道――でグチャグチャに掻き回されていますが、世界遺産になりさえすれば、時間をかけていくらでも修復・再生・復活できるでしょう。世界遺産ブランドは、登録後に景観を修復することで活かす道があるはずです。なのに「景観」のだらしなさを指摘されたからといって、看板を塗り替えてしまうのでは、本末転倒ではありませんか。

 文化庁岩手県教委もわかっていたはずです。平泉に「文化的景観」など無かったことを。しかしそれを「在るもの」とする方法があるのです。その唯一の手段は、地元の住民に動いてもらうこと。住民パワーをもってしてイコモスに思い知らせるしか、平泉の「文化的景観」を示す方法はなかった。しかし文化庁岩手県教委は、住民が立ち上がることを徹底して嫌っていたのですね。

 ありえない。鉄塔を撤去するのでなく、「景観」を撤去するなんて……。

 なにはともあれ、平泉の景観問題はこれで解決しました。鉄塔も電柱もバイパスも、撤去する必要はなくなりました。あとは3年後のイコモスの再審査で、この本末転倒的看板塗り替え工作がどう判定されるか、注意深く見守っていくばかりです。

 * * *

追記 同日『岩手日報』の場合

 同じ内容でも地元紙では微妙に違っている。『河北』は「コンセプト変更へ」と題しているが、『岩手日報』は「『都市遺跡』強調へ」という。記事中の推薦書作成委の「同意」も、同紙だと「前向き」とトーンが下がる。いずれにせよ平泉の「意義付け」が変更されるのは確実な様子。こちらも全文貼っておきます。

平泉「都市遺跡」強調へ 第2回推薦書作成委
【東京支社】3年後の世界遺産登録を目指す「平泉の文化遺産」の第2回推薦書作成委員会(委員長・工藤雅樹福島大名誉教授)は14日、東京・霞が関文化庁で開かれた。文化庁は「浄土思想を基調とする文化的景観」としてきた「平泉」の意義付けについて、大幅に見直す案を提示した。

 文化庁が示した新たな案は、中尊寺などの寺院や奥州藤原氏の政庁跡「柳之御所遺跡」などからなる都市遺跡の側面を強調。浄土思想に基づき、自然の風土とも融合した「12世紀日本の北方領域における政治・行政上の拠点」と位置づけた。

 これまでの「浄土思想を基調とする文化的景観」は、国際記念物遺跡会議(イコモス)の勧告で「評価が困難」と指摘されており、今回の見直しは「政治・行政上の拠点」を前面に、力点の置き方を変えた。

 委員の専門家からは「全世界的な中世の特徴は政治拠点と宗教施設がセット。それを日本ではいち早く、平泉が鎌倉に先駆けて実現した」(入間田宣夫東北芸術工科大教授)など、見直しに前向きな意見があった。

 一方、「サハリンや沿海州なども視野に入れた交易拠点だった事実も重視すべきだ」などの提案や、「普遍的価値が証明できるか、少し厳しい面がある」との慎重論も出た。この日は意見集約せず、次回引き続き議論する。

 イコモス勧告で枠組みの見直しが促された9つの構成資産の扱いをめぐっては「極端な絞り込みは平泉の価値をおとしめる」(大矢邦宣盛岡大教授)との主張に対し、「根本的な対応策を練らなければ弥縫(びほう)策と見られる」(西村幸夫東京大大学院教授)など見直しを求める声もあり、あらためて検討する。
(2008.10.15)
http://www.iwate-np.co.jp/sekai/sekai/sekai0810151.html