「クニマス再発見」は、まぼろしだった?

 こんな辛らつ極まる一文を書くことを残念に思うが、だれかが書かなければならないと思うので掲載する。拙文を読まれる方は怒りに震えるかもしれない。怒らせたことをどうかお許しいただきたい。

 * * *

 一昨年2010年12月、世紀の大発見として報道されたクニマスについて、微妙に雲行きが怪しくなってきたので、ここいらでまとめておこう。ただ、私は専門家でも魚オタクでもないので、以下につづる内容には間違いもあると思われるが、そこはご容赦。中学生レベルと見ていただければ幸いである。

瑕疵

 イラストレーターで東京海洋大学客員准教授さかなクン氏の“活躍”で、中坊徹次・京都大学教授による「クニマス再発見」は、NHKニュースや『朝日新聞』一面を飾る大ニュースであった。私も地元人として、ひさびさの心躍るニュースに胸を高鳴らせながら釘付けとなった。

 ただし、いまも断続的につづく報道を落ち着いておさらいすると、約70年前に絶滅したクニマスという「絶滅種の再発見」というセンセーショナルな響きばかりが先行し、いささか冷静さに欠けている面が多々あることに気づかされた。

 報道では、山梨の西湖で捕獲された「クロマス」がクニマスであることの根拠として、次のように挙げられている。

○ 体色は黒、鰓耙数は37〜43、幽門垂数は47〜62であり、これまで田沢湖から報告されたクニマスの特徴と一致。
○ 遺伝子(DNA)を調査するが、クニマス標本は長期間にわたるホルマリン漬けのため、DNAが破壊されて使えない。それでクニマスに似ていて、クニマス同様ベニザケの陸封型でもあり、西湖に生息するヒメマスのDNAと照合した結果、ほぼ別種で交雑も見られないことが判明。
田沢湖クニマス標本は産卵中またはその直後と見られる特徴を示していたが、早春に産卵するものは日本の他のサケ属では知られておらず、クニマス特有の性質と同定。

 である。解剖と外見による特徴が合致し、DNA検査でもクニマスとは別種と判定されたから、というものだ。

 中坊教授は、これをもってクロマスをクニマスと断定し、「根拠となる学術論文の出版を待たずして、12月15日にマスコミを通して公式に発表」(Wikiより)したのである。

 ここに瑕疵があった。

中坊教授の不誠実

 中坊教授に功名心や焦りがあったとは言わないが、クニマスと断定するなら慎重に慎重を上塗りし、じっくりと研究して外堀を埋め、仮説・否定論を突破したうえで魚類学会に諮ってから公表すべきであった。

 相手は70年のときをへだてて発見された固有種である。お絵描きタレント准教授がどれだけ目利きが高かろうが奇声あげようが、そんなものは話題にはなっても根拠にはならない。解剖や外見だのでいくつかの特徴が一致したからといって、これが片手落ちであったことがその後の専門家の調査で判明しているのだ(後述)。

 また、中坊教授の誠実とは言いがたい態度も、疑義に拍車をかけている。

 クニマス研究の第一人者は、秋田県立大学の杉山秀樹・客員教授だが、中坊教授は、どうもこの杉山教授に対し、自らが発見した「クニマス」の検体の提供を拒んでいるらしい。「らしい」と推定形なのはソースがないからだが、いま現在、杉山氏のもとに中坊氏からの検体がいっさい届いていないのは事実である(業を煮やした杉山氏が学生でも派遣して捕獲に乗り出さないとすれば、それはそれで不思議ではあるが)。

 また、この14日に山梨で、日本魚類学会主催のクニマスの実態解明をテーマにした市民公開講座が開催された折り、出席した中坊教授はクニマスと断定することへの慎重論に「自然科学のデータでパーフェクトはない」と語気を強め、退席したというのである(中座は中坊教授の都合によるものらしいが)。

 「自然科学のデータでパーフェクトはない」と、自分の研究をみずから否定するような敗北宣言ともとれるセリフ、公開講座の肉声にのせるべきではないと思うのだが。論文ならまだしも。

 では、「クニマス否定論」というものがあるとしたら、それはどういうものだろうか。

「否定」の根拠

 まずは肯定の論拠から。

1.幽門の数がヒメマスと違う
2.産卵期とDNAがヒメマスと異なる
3.見た目の色が違い、移植の伝承もある

 それぞれを検証してみよう。まず1。幽門とは胃の出口から伸びる襞々のことだが、これがクニマスとヒメマスとでは、数に違いがある。その違いこそがクニマスの根拠であるとするのが中坊教授の言い分。

 これに対し、杉山客員教授は全国7カ所の水域からクニマスに似た魚を採取し、幽門の数をそれぞれ調査、同じヒメマスでも幽門の数に幅があることを突き止めたのである。つまり、幽門の数はアテにならないことが証明されてしまった。

 つぎに2について。まず産卵期だが、サケ科で早春(1〜3月)に産卵する種はないとの点について、クニマスはたしかにその時期に盛んに産卵活動を行うけれど、それ以外の時期は繁殖しないという証拠はないのである。昔の研究者の中には年中産卵しているという報告さえあるくらいだ。ピークは3月と思われるけれど、8月から翌4月という長期説がもっとも有力なのだ。しかしこれが案外知られていない。したがって産卵期をもってクニマスと断定することはできない。

 それとDNAについて。本栖湖。「クニマス再発見」の西湖ではないが、西湖同様に過去にクニマスの卵の提供をうけたとされる富士五湖のひとつである。西湖の「クニマス」には交雑種が存在しないことが「クニマス発見」の根拠のひとつとなっているが、このほど京都大の研究グループが、ある発見をしでかしたのである。

本栖湖クニマス交雑種の魚
 おととし、山梨県にある西湖で見つかった「クニマス」とみられる魚をテーマにした市民講座が、山梨県笛吹市で開かれ、京都大学の研究グループが富士五湖の1つ、本栖湖クニマスとヒメマスとの交配でできた可能性のあるマスが見つかったことを明らかにしました。(後略)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120715/k10013598791000.html

 これにより、現時点ではDNA解析による判別はできないことになる。

 最後の3については言い伝えなので、ここで情緒的に検証してもあまり意味がないので割愛する。

 1と2でクニマス再発見の根拠がもし崩れたとしたら、西湖で見つかったサカナの正体はなにか。

○ やっぱりクニマス
○ ただのヒメマス
クニマスとヒメマスの雑種
○ まったくの別種。

 思いつくままにあげたけれど、答えはまもなく出ることだろう。

仙北市の間抜けぶり

 以上、中坊教授が大々的にぶちあげた「クニマス再発見」の世紀の大ニュースは、私の個人的な結論として、残念ながらまぼろしと終わってしまいそうな感じである。

 かの教授は、お絵かき准教授を動員してマスコミ向け話題づくりにまず走り、天皇陛下に「ご報告」して「クニマス再発見」にお墨付き?を得るなど、日本の魚類史を塗り替えてしまいそうな勢いであったが、それがもろくも崩れ去ってしまいかけている。あくまで私の中では、だが。

 中坊教授は、いったい何を考えていたのだろう? 先に功名心と述べたが、そういった自己顕示性が教授に皆無であったと言い切れるだろうか。

 中坊教授はじめとする京大グループや、彼の立ち振る舞い・一挙一動をとらえ続けているNHKはじめとするマスコミも、この事実にそろそろ目を向けてほしいところであるが、いまのところ検証・修正・訂正・自己批判いずれにも動き出した気配は見られない。時間をおけばおくほど傷は膨らむだけなのに。それともNHKは、間違いにとっくに気付いていて、いま訂正を行うと反発が大きすぎることを恐れ、視聴者の熱が冷めるのを待っているのか。だとすると視聴者もナメられたものである。

 なにより残念なのは、わが郷里・秋田県仙北市田沢湖の面々である。

 クニマス再発見に沸き立つのはわかる。私自身が驚いて小躍りしたくらいだ。でも、よくよく考えてみれば、郷土の研究家である杉山客員教授が微細な検証を行った結果、“シロ”との結論を導き出したのはそんなに古い話じゃないと思いだし、「どちらが間違ったのか?」と、一連の動きを冷静に見極める必要性に気付いたのである。

 ところが、わが同郷人ときたら、中坊教授を大英雄とまつりあげ、地元の研究家である杉山客員教授の「クニマス発見発表は時期尚早」という控えめな発言を黙殺、お絵かき准教授を招いて講演したり、世紀の大発見で町おこしのプランを、こともあろうにハコモノで盛り上げようと大っぴらに画策しはじめる始末。

 もはや恥の上塗りというレベルではない。そこに悪意はなかったとしても、「クニマス再発見」はペテンである。ペテンに引っかかった郷里の人たちこそ最大の被害者であるが、ここまで踊り踊らされては被害者ヅラできるものではない。間抜けのひと言に尽きる。

 いまだ世間はクニマスフィーバーに沸いているが、いずれ誤報とともに熱が冷めるだろう。そうではない、あれは本物のクニマスでしたと杉山客員教授が認めてくれることを、心のすみで願ってはいるものの、いまの時点でそれを裏付ける研究結果は出ていない。ほとんど黙殺されているにせよ、出ているのは、「クニマス再発見」は中坊教授の勇み足との報告ばかりだ。

 ふるさとの研究家がミスし、関西の学者の正しいことを期待するなんて、悲しいことおびただしい。私たちはクニマスの幻影になにを求めていたのか、なにを求めつづけるべきか。

(何度か編集する可能性あり。2012年7月17日)