マグロ漁のこと

 10年以上も前のこと。埼玉で日本自然保護協会の講習を受けたとき、講師が日本のマグロ漁について語ったことがあった。当時は日本のクジラ漁に対する国際的風当たりが強まりはじめたころで、漁業関係者の間では「クジラのつぎはマグロか」という声もあったが、マグロについてはまだ問題が表面化していなかった。

 私も、哺乳動物のクジラと、普通のサカナであるマグロとは違うだろうと漠然と考えていたが、講師のいうマグロ漁にはらむ問題点は、かなり鮮烈であった。以下に要約する。

 日本はマグロを近海ではなく、わざわざ南半球や大西洋まで出かけていって獲っている。
 なぜなら日本近海では、マグロがほとんど獲れなくなったからだ。
 それは、日本人が、列島の森林を破壊し、ダムを造り、コンクリート護岸で固めたため、海に土砂が供給されなくなり、海の資源が枯渇した結果だ。
 日本は、クジラのみならずマグロまでも規制されるのではと警戒感を強めているが、日本列島を取り囲む海を、徹底的に汚し、魚を乱獲しまくったのは、当の日本だ。
 それで、豊かな漁場が広がるオーストラリアや大西洋へ、遠洋マグロ漁の大船団を組み、はるか外国のマグロをねらっている。
 日本の食文化も大切だが、日本周辺の海をダメにしておいて、外国の海で食文化を叫んだところで、なんの説得力もない。

 実に本質を突いた指摘だと思った。10年以上すぎても、講師が力説した内容はいまでも鮮明に憶えている。祖国の列島の自然を破壊して祖国の海をダメにした日本が、遠い遠い外国の海に目をつけ、乱獲を続行しようというのは、確かにおかしいと思った。ちょうど、地元のブナを伐りまくって森林資源を食いつぶした某町が、他県のブナに目をつけて林道を造ろうとした構図と同じである。

 日本のマグロ漁にそんな背景があることは、もちろん知らなかったので、マグロ漁を語る際にはかならず下地に敷いておくべきと思った。(ただし、現在の日本自然保護協会は、クジラ・マグロ問題について公式な見解は出していないようだ。HPを調べたが見つからない。あるなら知りたいので知っているひとは教えてほしい)

 築地市場のマグロ仲卸業者が、EUクロマグロの国際取引禁止を求める提案に抗議したというニュースがあった。

築地でクロマグロ国際取引禁止の反対訴え
 EU(=欧州連合)は現地時間10日、加盟国の大使級会合を開き、乱獲などによって減少しているクロマグロの国際取引禁止を求める提案について協議し、条件つきで支持することを決めた。東京・築地市場では11日、国際取引禁止について議論するワシントン条約の会議を前に、抗議行動が行われている。
 築地市場では、すし店やデパートなどにマグロを卸す仲卸業者約50人が国際取引禁止の反対を訴え、食堂関係者や築地市場を訪れた一般客が署名を行った。
 大西洋クロマグロは日本で消費されるマグロの約5%だが、大西洋クロマグロをきっかけに、別の地域や、メバチ、キハダなどほかの種類のマグロにも取引禁止の声が高まるのではないかと危機感が広がっている。
http://www.news24.jp/articles/2010/03/11/06155129.html

 わが祖国の食文化をになう築地の関係者には、こたびのマグロ取引禁止のニュースは確かに危機感を覚えるだろう。生活がかかっているのだから当然だ。だが、なぜ日本の食文化を、遠い遠い外国の海で賄わねばならないのか、疑問を抱くことはないのだろうか。

 あなた方に聞きたい。美しい日本の自然を彩る森林は、海にとっても大切な存在である。豊かな漁場をささえる列島の森を、あなたがたはどれだけ守ろうとしてきましたか。

 「森は海の恋人」とのキャッチフレーズで、宮城県の漁師たちが、水源となっている岩手県の森に木を植える活動をしている。山の頂上に大漁旗がはためくのだ。それとおなじことを、全国で展開できませんか。

 EUの取り決めに抗議するのもいいが、祖国にいて、祖国の自然を破壊から守り、再生させようという取り組みを、実行する予定はないのですか。

 それすらしないで「大西洋のマグロを寄越せ」などと叫んだところで、どこに説得力があるのでしょう。

 大西洋や南半球のマグロが欲しいなら、まず、あしもとの海を、かつて資源にあふれていた日本の海を、取り戻すことから始めるのが筋でしょう。

 日本の森がよみがえれば、かつての漁場もよみがえります。時間はかかるけれど、その行動を示した上で、海外に日本の食文化をアピールしてください。できない理由はないはずです。