白神山地ブナに傷
イタリアの文化財にマジックペンで落書きした日本人は、日本人に叩かれて職を失いました。しかしイタリアでは「わが国ではあり得ない」「なぜ落書きごときでクビに?」と、この奇妙な現象に首をかしげました。文化財に爆弾を仕掛け破壊する行為に比べれば、シンナーやベンジンで簡単に消せる「落書き」など、ものの数ではないことを知っているからです。
一方、世界遺産登録が取り沙汰された平泉のある史跡の自然林を、十数年まえ、東北電力は伐採し、でっかい鉄塔を建てる計画が持ち上がりました。これに対し地元では猛烈な反対運動が――
まったく、起こりませんでした(笑)。
東北電力は無事に工事を終え、鉄塔はいま史跡をぶった切っています。結果、世界遺産登録のネックとなり、予想通り平泉は落選しました。
青森と秋田県にまたがる世界自然遺産・白神山地で、ブナ約20本にカタカナや数字などが刻まれているのが見つかった。
環境省や林野庁などは、ナタのような刃物で傷つけられたとみて、1日に現地入りし、詳しい調査を実施する。
環境省西目屋自然保護官事務所によると、傷が見つかったのは青森県西目屋村の川原平大川付近。尾根伝いに立つ、直径50センチ程度のブナが約2キロにわたって被害を受けていた。
いずれも、成人の胸くらいの高さに、「オ」や「ヨコ」と読みとれるカタカナや、漢数字の「八八三」「七四十」などが刻まれていた。一つの文字の大きさは10〜20センチ四方で、数字は現地の標高とほぼ一致した。
同省が定期巡視を委託している民間の巡視員が、9月上旬に発見した。6月上旬に周辺を巡視した際には異常はなかったといい、同事務所は傷の状態などから、6月中旬から下旬に刻まれたと推定、自然環境保全法に違反するとみて調べる。
現場は、自然遺産登録地の中心部「核心地域」の周辺部にある「緩衝地域」内で、核心地域の自然環境に影響を及ぼす行為が厳しく規制されている。
一般向けの登山ルートはなく、地形も急峻(きゅうしゅん)で、同事務所の関係者は「よほど山に詳しくないとたどり着けない。複数の登山慣れした者が、目印か踏破した記念につけた可能性がある。これほど深い傷は、自然には治らないだろう。前例のない悪質な行為だ」としている。
http://www.yomiuri.co.jp/eco/news/20080930-OYT1T00004.htm
『読売新聞』記事のほぼ全文を貼りました。世界遺産登録地のブナに刃物で何者かがキズをつけるとニュースになり、環境省職員が調査に乗り出し、「自然環境保全法違反」の疑いとやらで“犯人”を探すのですね。これはぜひ徹底的に調べていただきたいと思います。環境省さん、がんばってください。
でも、世界遺産登録外のブナは、いまも伐採が行われているのです。
伐採ですよ? 刃物で傷じゃありません。
チェンソーで樹木そのものを伐り倒すのです。それも直径50センチの若木じゃなく、1メートル超の大木をです。それも20本どころじゃなく、100本単位でです。
白神山地、とくに青森県側は、とにかく広い。でかい。世界遺産登録地の外にも、遜色ない広大なブナ原生林が展開しています。その外側で、林野庁=営林署は、いまも、上に書いたような行為を合法的に行っています。
でも、先に例えたような論理で、林野庁の所業が新聞をにぎわすこともなければ、「自然環境保全法違反」に問われることもない。したがって今後も行為を続行できることになります。
記事には自然保護官事務所関係者の談話として、こんなくだりもあります。
「よほど山に詳しくないとたどり着けない。複数の登山慣れした者が、目印か踏破した記念につけた可能性がある。これほど深い傷は、自然には治らないだろう。前例のない悪質な行為だ」
前例のない行為…? 古くからマタギの山として知られる白神山地は、杣道沿いの樹木にナタで目印を入れるのは全然めずらしくありません。自然に治らない? そりゃ10年や20年では消えません。50年以上経っても残るのがいまも見られますが、あれは戦前にマタギがつけたものです。しかし100年以上前のキズは見つかっていませんから、100年ほどで治るものと思われます。
この「自然保護官事務所関係者」は素人ですか? アルバイトですか? そんな認識で「自然保護官事務所」の職員が勤まるのですか?
キズが樹勢にまったく影響がないとも言いきれませんが、キズが原因でブナが枯れた例も聞いたことがありません。すくなくとも、100年以上生きてきたブナを一瞬で伐り倒す林野庁の行為にくらべたら、ナタによる傷など、ものの数ではないことは確かです。
ブナに傷は薦められることではないけれど、それで怒りを覚えた人は、林野庁のやっていることにも、ときどきはその怒りを振り分けてもらいたいものです。環境省さんも、たまにはマトモな仕事してくださいね。みみっちい傷なんかより、林野庁によるブナ伐採の悲鳴を聞く耳も持ってください。