男鹿和雄展

 秋田県仙北市(旧角館町)で、男鹿和男展が開かれている。「男鹿和雄? 誰それ?」と私も最初は思った。聞けばスタジオジブリの背景画を担当するイラストレーターだそうだ。「ジブリの絵職人」と銘打たれる人が、なんと郷里にいたなんて、いままでまったく知らなかった。

 場所は仙北市角館町平福記念美術館。こうした展覧会は、たいてい横手市増田町の「まんが美術館」で開催されるもので、最初は私もそこが開催地と思い込んでいた。だが、男鹿和雄さんの出身地は旧太田町(現大仙市)で、出身高も角館高校増田町や同町出身の漫画家とは縁もゆかりもない。

 都内で開催された展覧会は大勢の人が訪れ、秋田からきた人の中では入場できずに引き返した人もいるという。

 地元で開催されるということで、うれしさ半分、照れくささ半分というところですが、もともとこの展覧会を開いてもらう時に、背景画は縁の下の力持ちなので、個人として取り上げてもらえるというにはかなり抵抗があったんですね。東京でやった時も、抵抗はあったんですけれども、個人の背景画という前にスタジオジブリのアニメーション映画の一部ですから、その裏舞台を皆さんに見てもらえる機会ということで、やはりうれしいことではありますね。
(案内チラシより)

 開催は11月4日までなのでまだ間があるけれど、こういうチャンスはめったにないので、きょう午後から時間をとって行ってきた。

 角館は武家屋敷と桧木内川沿いの桜並木で知られる街。武家屋敷は映画『たそがれ清兵衛』のロケでも使われるほど有名だが、私の地元からは1時間半ほどなのに、私はこれまでほとんど訪れたことがない。ましてや「平福記念美術館」なんて聞いたこともない。公民館に毛が生えた程度の集会施設かと思ったら、武家屋敷通り入り口にあって、景観・環境・立地いずれもすばらしい施設であった。

 「平福記念美術館」は、もともと角館高校の跡地を利用して建てたのだという。イチョウやヒノキ・ケヤキの大木でうっそうと覆われ、下草もきれいに刈り払われ、きちんと手入れされている広い庭園のただ中に、平福記念美術館がたたずんでいる。

 格子状の渡り廊下をゆくと、傾きかけた陽を背に、平屋のコンクリート造り。入り口にもそっと「男鹿和雄展」の看板があり、平日にもかかわらず大勢の客が出入りしていた。

 これでは「まんが美術館」のような、予算食い潰しハコモノでは太刀打ちできまい。旧増田町が「まんが美術館」を造るとき、赤字経営が指摘されながらも建設をゴリ押しした当時の町長の体たらくはもう過去の話だが、それをうわべだけでも繕うことすらなく、環境保全をうたいつつ林道工事で町の自然の核心部を破壊させた事実と(林道大柳上沼線)、「さわらび」なる大赤字温泉施設のこれまたゴリ押し建設で地方債(町の借金)をさらに膨張させた実績を、ついでに記しておこう。合併して横手市のものとなった「まんが美術館」運営にたずさわるひとは、いっぺん「平福記念美術館」を視察に行ってみるとよい。どうせならああいうふうに周辺環境を整えたらいかがですか?

 話を「男鹿和雄展」に戻す。

 中へ入り、案内掲示板にしたがって進むと、男鹿和雄さんの作品が、時代を追って展示されていた。「はじめ人間ギャートルズ」のころからアニメの背景画を担当していたのか。「あしたのジョー」「幻魔大戦」などなどから、ジブリの作品へと舞台が移ってゆく。「となりのトトロ」「紅の豚」「おもひでぽろぽろ」「耳をすませば」「千と千尋の神隠し」「ハウルの動く城」「ゲド戦記」そして「崖の上のポニョ」へ。

 いずれも緻密で繊細で、すばらしい出来映えであった。撮影禁止なのでここにあげられないのが残念だが、これは是が非でも行く価値がある。宮崎アニメの骨頂ともいうべき背景画は、こうして生まれ、つくられ、国境を超えて世界へ発信されたのだと。男鹿さんの「個人として取り上げてもらえるというにはかなり抵抗があった」というコメントは、自己顕示欲に満ちたまんが美術館の漫画家とは対極に位置するといえよう。このような奥ゆかしい「絵職人」が郷里にいたことを知り、ひさしぶりに誇りに感じることができた。

 「もののけ姫」では前例のない5人の美術監督体制でかかり、男鹿さんは当初はかかわっていないながら、途中で参加することになった際は、白神山地へみずから出向いて、アシタカの集落である蝦夷(えみし)の村のイメージを取り込んだという。アシタカの村の原点は屋久島ではなく、白神山地なのであった。

 「崖の上のポニョ」にからんで、私は8月8日の日記で宮崎監督にかなりの批判をかましたけれど、男鹿さんはかの作品における背景画に対する宮崎監督のこだわりについて、こんな裏話を披露していた。

 「この作品の背景美術は、美術監督の吉田(昇)くんの世界で、僕はお手伝いをさせていただいたという感じです。吉田くんとの打ち合わせで印象に残っているのは、子どもが描いた絵のような背景にしてほしいということでした。でも、これは難しい注文でしたね(笑)。たとえば、思い通りの線が引けずにずれて曲がっても、消して直そうとしないで、そのまま目的地へ強引に到着させたり、思うように描けなかったところは、その上から重ねて描いて、グチャグチャになったところもあっていいと。常識的にうまくまとめようとすると、吉田くん描いた美術ボードの面白さが出ないんですね。はじめての試みでしたが、楽しんで出来た仕事です」
(解説文より抜粋)

 うーむ、手抜きと見てしまった「崖の上のポニョ」だったが、宮崎監督にそんな思惑があったとは。まだまだ私の目は三流素人以下から脱しきれなさそう。

 「ジブリの絵職人・男鹿和雄展」は11月4日まで。開催期間は無休です。ぜひどうぞ。

公式HPhttp://www.ntv.co.jp/oga/