オリンピック騒動今昔

 1984年のロス五輪の入場行進。参加国はみな思い思いに自由に歩いては笑顔を振りまき手を振り、中にはカメラを持ち込んでいる者もいて、観客席の声援に応えていた。

 そんな中、われらが日本選手団のそれは際立っていた。

 一肢みだれぬ整然とした行進。精密な機械仕掛けの人形のよう、選手ひとりひとり、みな表情は硬く、手を振る者もいなければ、笑顔すらなし。なんでも日本選手団は、入場行進にのぞむにあたって練習をしていたらしい。参加国唯一である。

 この五輪史にのこる異様な日本選手団の入場行進は、軍隊調として、いまも語り継がれている。

 いまから26年前のオリンピックだけれど、あの光景はよく憶えている。さながら北朝鮮の軍事パレードを彷彿させる日本選手団の行進は、確かに異質異様で、不気味だった。日本の大会関係者は整然とした行進に胸をはったことだろうが、他国から「軍隊調」の揶揄が飛び出し、次回ではこれを改めさせた。日本の感覚が世界のソレと相当にズレていることを、日本人は後になって気付いた、笑える現象である。

 そんな日本選手団の中に、ひとりだけ、“ルール”を踏み外す者がいた。カメラを持ち込んでいたという。他国ではカメラ持ち込み選手はまったく珍しくなかったが、日本の大会関係者は激怒した。くだんの選手の参加を取りやめさせ、帰国させよと主張する者までいた。

 カメラ持ち込み選手を糾弾・強制帰国させようとした日本人関係者も、問題の選手からカメラを取り上げフィルムを没収、始末書を書かせることで決着させたものの、その選手が金メダルを獲得したことで一躍英雄になり、何事もなかったかように涼しい顔をしている。

 この2つのエピソード、日本のスポーツ界、ひいては日本人全体の感覚を示す話として、末長く語り継がれることだろう。世界各国のえりすぐりが集うオリンピックだからこそ噴出する、醜いお里の地金とでもいえようか。

 さて、競技たけなわのバンクーバー冬季オリンピックでも、われらが祖国の選手が、なにやら“騒動”を起こしているらしい。スノーボードの国母選手が、服装が乱れているという理由で入村式参加を取りやめさせ、謝罪会見をさせたというもの。日本オリンピック委員会(JOC)専務理事「国民の税金を使った代表の服装じゃない」と非難し、監督も頭をさげるはめになった。

 またしても日本の感覚が露呈された事態といえそう。

 国母選手の“罪状”とはどんなものか。報道ではこんな感じ、「日本からバンクーバーへの移動の際、公式服装のシャツを腰から出してネクタイを緩めるなどした姿」

 それだけか。見た目がだらしないだけではないか。てっきりドーピングとか、暴言を吐いたとか奇声を上げたとか、ゴミを投げ捨てたとか報道陣やファンに唾を吐いたとかしたと思った。

 有識者の中には国母選手を召喚せよという声まで出て、これが一定の支持をされている。見た目にそこまでこだわるなら、そもそもスノーボードは見た目がだらしない服装でやるスポーツなのだから、五輪種目にはふさわしくないのではないかと言いたいところだが。

 この騒動もどう決着するかわからないが、すでに海外から注目され、それもまた日本の「出場辞退させろ」「帰国させよ」とは一線を画している。まだそれに気づかない向きが多いが、気づくころ、というより「けしからん」熱が冷めるころになって、おのが感覚を振り返ってみるのもよかろう。