「経済効果」のまやかし

 成瀬ダム工事にかかわっている業者は、都会の大手ゼネコンから中小のコンサルタント業者まで、毛細血管のように絡み合っています。かんたんに分けると、46トン巨大ダンプカーを駆使してダム本体工事を請け負っているのが大手ゼネコンの共同企業体(JV)で、その周辺で道路を舗装したり試掘したりしてるのが、地元の建設業者。そのほか、工事単体を分析したり測量したりといった「業務」を扱うのがコンサルタント業者です。これも県外業者のほうが圧倒的に多い。あと工事事務所の冷暖房設備とか事務用品を揃えるにも、きっちり入札が行われたりします。

 巨大ダムには総額数千億円という途方もない税金が投入されます。それに付帯する水路・砂防ダム工事にもさまざまな業者が関わりあっていますから、ダム建設と一口に言っても、一社二社という会社で造るのではなく、何十何百という業者が、仕事の確保に殺到・奔走するのであります。「この家は俺が作った」と大工さんは言えますが、「このダムは俺が造った」と言う資格のある人は、霞が関のお役人から一介の派遣作業員まで、それこそ数千人にも上るでしょう。

 県の出先機関である振興局の建設部には、オフィス入口に名刺入れの小箱が置かれています。国交省河川工事事務所のオフィスにも、同じような箱がドア付近に置かれていました。なんのためかというと、名刺を持って平身低頭に部長課長を詣でる業者さん対策で、いちいちオフィスに来られても仕事の邪魔だから、名刺だけこれに入れてとっとと帰ってくれ、という意志表示であります。私も何度か目撃しています。恰幅のよい社長だか重役さんが、若い部下を連れて、かしこまった硬い表情でオフィスを訪問し、懐から名刺を取り出してうやうやしく差し出すシーン。私も営業やってますので、彼らの心理状態が痛いほどわかるのです…。

 ダムってやつは、予算がケタ違いの仕事。それも決まって辺鄙な場所や田舎の山奥が、その対象地となります。デカい仕事のない山村にしてみれば、天からカネが降ってくるようなもの。白い雪の一片が万札に見えても不思議ではありません。神様が雲の上から札束をばらまいている光景と重なるのですから、カネ(仕事)をもとめて業者が殺到するのは、当たり前のことなのです。

 でも、ほんとうにオイシイところは、地元の業者の懐には、はいりません。これはダム事業の入札経緯をみればわかるのですけれど。

 ダム本体工事には何百億ものカネが投入されますが、これは大手ゼネコンの領域。地元の中小零細企業が入り込む余地などありません(もっとも燃料費や福利厚生などには地元業者がからむので、取り分がそっくり都会へもっていかれるわけではない)。地元発注されるのは、整地・舗装工事といった、せいぜい数千万の仕事でしかない。高度な技術・最先端の利器・豊富な人材が要求される仕事と、建設業者ならドコでもできる雑用的仕事との違いです。それでも地元の業者は、血眼になって、わずかな分け前を求めて、きょうも名刺配りに精を出すのです(俺も、たかだか5000円〜1万の仕事のために、罵倒されたり、頭を下げまくったことが何度もあるけどね…)。

 成瀬ダム工事に関わっている業者で、作業員の食事づくりをしていた女性が、解雇されたという話を聞きました。地元で採用された人ですが、突然、解雇を言い渡されたそうです。

 社員の解雇なんてどの世界にもありうることですが、ダムならなんとかなる、きっと豊かになる、といった幻想は、いいかげんに捨て去ったほうがよろしい。ダムで地域が発展するなら、ダムだらけの秋田は、とっくに全国トップクラスの生活水準になっているでしょう。

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