達増拓也・岩手県知事のこと

 私は秋田県民ですが、仕事の都合で月の3分の1は岩手にいますので、地元よりも岩手の事情に通じていたりします。職場では岩手県内の政財界関係者ともそこそこのつながりがあり、あちらの議員さんやその秘書が、うちの職場をちょくちょく訪問することもあって、顔の広い著名人が私にとって「まったくの他人」ではなかったりと、別に私が望んだわけではないけれど、結果としてお互いカオを知っている程度の知人に挙げられそうな感じであります。

 いま岩手県知事をやってらっしゃる達増拓也さんも、新米代議士のころから知っています。いや、初当選なしとげる以前から知っています。なかなかさわやかな青年だなという印象がありましたが、岩手一区の某大物代議士を蹴落として、こんな若造(私より年上だけど)が果たして当選するだろうかと危ぶんでいたのが、見事初当選を勝ち取ったものでした。

 東大卒で外務省出身、“小沢チルドレン”の頭目的存在の達増さん、幾度か衆議院議員を務め、ほとんど突然に、岩手県知事選挙に名乗りをあげ、これまた見事に当選。現在一期目を担っておられます。

 その達増さんにからんで、ちょっと気になるニュースを見つけました。全文貼ります。

北朝鮮拉致問題:達増氏、知事の会に入会はせず /岩手
 達増拓也知事は19日の定例会見で、昨年発足した「北朝鮮による拉致被害者を救出する知事の会」(会長、石原慎太郎東京都知事)に入会する意思がないことを明らかにした。47都道府県知事のうち岩手県知事だけが不参加となるが、達増知事は「県内の(拉致被害者救出の)活動の応援や呼び掛けはしている。しかし岩手の外で責任を持って奔走するのは困難と判断した」と説明した。
 埼玉県のホームページによると、この問題では同県の上田清司知事は記者会見で「(外務省出身の)達増知事は外交は国の専管事項だと狭義に捉(とら)えている」と批判的にコメント。これに対し、達増知事は「全国知事会のように、全知事が参加することに意義があるなら参加するが、この会はあくまでも有志だと聞いている」と反論した。
http://mainichi.jp/area/iwate/news/20090120ddlk03040016000c.html

 KY(空気が読めない)なんだな…しかし勇気ある判断だ、というのが第一印象です。KYとはもちろん、良い意味で。北朝鮮による拉致問題についてはここでは触れませんが、周囲がすべて同じ方向を見ている中で、自分ひとりだけ違う方角を向くというのは、日本社会ではすこぶる難しいからです。変に注目され、ジロジロ奇異な目で見られ、ヒソヒソ話の混じった逆風をまともに浴びることになりますから。全国47都道府県知事の大半が入会した「北朝鮮による拉致被害者を救出する知事の会」に加わらず、あえてその流れに逆らった達増さんの心意気は、別に批判すべきことではないでしょう。

 達増さんには達増さんの考えがあるでしょうし、どういう気持ちで入会を見送ったのかは、記事にある以上のことはわかりませんけれど、このニュースで、かつての達増さん――衆議院議員一年生時代のご本人の言動を思い出しました。

 1996年、衆議院議員になられたばかりのころは、日本にインターネットが普及しだして間もないころです。国会議員としてはじめてホームページを開設したのが、実はこの達増さん。いまでは個人ブログなど小学生でもやっているけれど、当時はとても珍しく、達増さんのHP開設は新聞で取り上げられたくらいです。で、私の職場には達増事務所から、議員活動を報せるFAX通信が定期的に送られてきました。

 FAX通信文はもうないけれど、その内容は、いまでもハッキリ憶えています。

 南京大虐殺は虚構だ、日の丸・君が代を徹底せよ、左翼打ち倒せ…

 国会議員になって達増さんが最初にやったことは、こういうお仕事だったのです。

 岩手県は、戦前戦後を通じて、何人かの宰相を輩出しております。東条英機は有名なところ。そのA級戦争犯罪人A級戦犯)を意識した面があったように思えますが、このひとはこんなキャンペーン張るために国会議員になったの? と半ば呆れました。

 インターネット普及と先に書きましたが、こういった戦前復古をうたった動きも、インターネットと同時に拡大していきましたっけ。いま思えば、達増さんはその先陣を切ったといえないこともありません。まあ国会や予算委の質問で「南京大虐殺は虚構だ!」なんてぶち上げるまではしなかったようですが。

 しかし、しもじもの俗世間では、戦後最大規模ともいえる「南京事件はウソ」キャンペーンが、ネットを中心に怒涛の勢いで広がっていきました。ネットの匿名掲示板ならまだしも、岩手日報のような1地方紙の投書欄にさえ、それ系の投稿がつづいたくらいです。さすがに目も当てられなかったので、私も同紙に「南京事件より地元の問題を考えたら?」みたいな投稿をしました(きっちり掲載された)。達増さんは、いまはほとんど破綻しつつある「南京事件はウソ」を臆面もなく言いふらした過去をどう思ってらっしゃるか、公式HPなどで語っていただきたい気がします。

 そんな微笑ましい過去と、北朝鮮による拉致事件に冷淡ともいえる今回の態度は、どうも相容れないような感じなので、この一文を書いた次第です。

追記・達増知事、結局入会する

  県庁内か側近らの話し合いでかわかりませんが、達増拓也知事が翻意して「北朝鮮による拉致被害者を救出する知事の会」に入会したというニュースが飛び込んできました。

「拉致救出知事の会」達増氏一転し入会
 昨年11月に結成された「北朝鮮による拉致被害者を救出する知事の会」(会長・石原慎太郎東京都知事)に47都道府県知事の中でただひとり参加せず、批判を受けていた達増拓也知事が21日、一転して参加したことが分かった。
 19日には、「全知事の参加が必要なら、全国知事会として取り組むべきだ」などと反論していたが、わずか2日後の方針転換に。県職員からは「そんなことなら、最初から入会しておけばよかったのに……」との声も漏れる。
 達増知事の不参加をめぐっては、上田清司・埼玉県知事が「外務省出身だから、外交は国の専管事項という狭い法解釈になっているのではないか」「そんなに古巣に気を使うことはない。そんな狭い根性でどうするんだ」などと批判していた。
 これに対し、達増知事は19日の記者会見で「有志の会に参加しないことについてとやかくいうのはどうかと思う」と反論。「私は岩手県内で県民とこの問題に取り組んでいる」などと述べた。
 参加に転じたことについて、県幹部の一人は「全国で自分だけ入っていないというのはまずいと考えたのではないか」と推し量る。
 知事の会事務局を置く新潟県国際課は「有志で始めた会に全国の知事に入ってもらって、大変ありがたい。拉致問題解決に向けた大きな力になるだろう」と話している。
http://mytown.asahi.com/iwate/news.php?k_id=03000000901230002

 達増知事の心変わりを突つくことはしないでおく代わりに、達増知事を“翻意させたもの”について、ちょい考察してみます。

 「私は岩手県内で県民とこの問題に取り組んでいる」という姿勢にはだれも文句はないでしょうが、知事が「拉致救出知事の会」にひとりだけ加わらないのはけしからん、という圧力に負けたのは確かなようです。「救出知事の会に入れ」とだれからも要請も命令もない、参加は任意で有志のみなのに、これは拉致救出知事の会会員に非ずばヒトに非ず、みたいな空気が醸成されていたことにほかなりません。先に書いた「ヒソヒソ話の混じった逆風」どころか、知事は非難轟々の暴風雨に吹き飛ばされたのでした。

 孤立を恐れぬところは評価したかったけれど、達増知事も普通の人間だったようです。

 それにしても上田清司・埼玉県知事の言葉「そんな狭い根性でどうするんだ」は素敵ですね。

 たったひとりの非会員知事の存在すら許さず、ほとんど強制して入会をせまる。「狭い根性」ですか? 「救出知事の会」に入らない知事が、ひとりやふたりくらいいても別に不健全だとは思えませんが、ひとりだけ入会しない知事を叩く上田知事の「根性」は狭くないのでしょうか。

 というわけで達増知事は、上田清司・埼玉県知事の狭い上に捻じ曲がった「根性」を痛感し、拉致被害者救出に向けて汗を流すことになりました。がんばってください。