米兵による、ふたつの暴行事件をめぐって

 書くことを躊躇せざるを得ない内容でも、書かずにいられない場合があります。

 犯罪には加害者と被害者が存在します。凶悪犯罪が起これば、その報道に接した者は、程度の差こそあれ、たとえ部外者とて、加害者に憎しみを抱くあまり糾弾するのは当然の感情としても、被害者の心情を慮って、触れることをためらうのもひとつの道だろうと思います。

 被害者の身になってみろ、被害者の気持ちを思いやれ、とは先の光市事件でもたくさんのひとが声高に叫んでいたけれど、あの場合は被害者遺族がすべてを投げ打つ姿勢で、世論に訴えたことが大きい。

 でも、あれとは正反対に、被害者が「そっとしておいて」と訴えたらどうでしょう。

 事件には今後一切ふれず、そっとしておくが「思いやり」となるでしょうが、多くの方々が燃やした加害者に対する怒りは、どこへぶつければいいのでしょう。

 ことし2月、沖縄で女子中学生が在日アメリカ兵に暴行されるという事件が発生しました。沖縄県警の迅速な対応で、容疑者の兵士は逮捕されましたが、中学生はほどなく告訴を取り下げ、米兵は釈放されました。被害者の中学生がなぜ告訴を取り下げたか、その理由は「これ以上かかわりたくない。そっとしておいてほしい」とのこと。

 これには「週刊新潮」や「産経新聞」などの報道が少なからぬ影響していました。

 「『危ない海兵隊員』とわかっているのに暴行された沖縄『女子中学生』」との大見出しで報じた「週刊新潮」記者などは、被害者宅を直接訪れて取材したそうです。親アメリカ政府の雄「産経」も、これに劣らぬほど「中学生にも非あり」論調で米兵を擁護していました。同紙の花岡氏にいたっては、ブログでこんなことを書くありさま(太字処理は私)。

 「強姦」容疑での逮捕だったが、少女が告訴を取り下げたことで、結論的には、事件はなかったことになる。「強姦」はなかったのだ。(中略)

 「強姦」されてはいなかったということであるならば、それでいいのではないか。周囲はそっとこの少女の今後を見守ってほしいものだ。
http://hanasan.iza.ne.jp/blog/entry/499008/

 「強姦はなかった。これにて一件落着」と、まるで自らが大岡裁きを気取っているようですが、「そっと見守って」おくどころか、くだんの米兵は「なかったことになった事件」の軍法会議で懲役3年の有罪が確定したのはつい4日前のことです。花岡氏は「そっとこの米兵の今後を見守ってほしい」と書くべきだったようですね。

 かくしてこの被害者は、米兵によって恐怖のどん底に突き落とされたばかりか、自国の報道機関にもバッシングを受け、絶望し、告訴取り下げを余儀なくされたわけです。被害者の恐怖を共有して抗議行動を起こそうとしていた人々は、無念に歯を食いしばるほかありません。

 それにしても「週刊新潮」と「産経新聞」の功績は量り知れません。在日アメリカ軍アメリカ政府からすれば、窮地を救った恩人でしょう。アメリカ合州国の属国を断固として曲げない日本政府を牛耳る自民・公明両党からしても同様。

 この事件における新潮と産経の報道は、アメリカ・日本両国政府の表彰に値するかもしれません。わけても先のブログを書いた花岡信昭産経新聞客員編集委員は、日米両政府にとって紛れもない大恩人なので、政府は近い将来、花岡氏を顕彰することをいまから検討されてはいかがでしょうか。

 それはともかく、冒頭にも書いたとおり、私などがこんな駄文まみれのブログで書くこと自体、関係者が望むわけありませんから、こういったデリケートな話題を出すことは控えたかったのですが、以下に本題を申し述べることで理解いただこうと思います。

 さて、前置きが長くなりました。こんな事件に象徴されるように、在日アメリカ兵による犯罪は、沖縄を筆頭に全国で起こっています。古くは「由美子ちゃん事件」が知られ、1995年の女児集団暴行・致傷・逮捕・監禁事件はかなり有名だし、いま長々と書き記した、今年の女子中学生暴行事件は記憶に新しいところ。

 その被害者はほぼすべて、わが同胞たる日本人なわけですが、加害者がアメリカ人、それも兵隊さんとなれば、「日米地位協定」が前面に押し出され、いかなる手続きもこの取り決めにのっとって執り行われ、あたかも交通事故の事後処理や保険手続きのごとく、すみやかにスムーズに、粛々と進んでいくものでした。

 ところが被害者が日本人でなく、外国人であるケースもマレにあるものですね。こんなニュースを見つけました。

防衛省が米軍見舞金肩代わり 暴行被害女性に300万円

 防衛省は19日、02年に神奈川県横須賀市で米海軍兵から性的暴行を受けたオーストラリア人女性に対し、見舞金300万円を支払った。民事訴訟で賠償金を支払うよう命じられた米兵はすでに帰国。米側も支払いを拒んだため、日本政府が肩代わりをする異例の決着となった。

 同省によると、女性は02年4月に米兵から暴行されたとして、同年8月に東京地裁民事訴訟を起こした。同地裁は04年11月、300万円の賠償を命じたが、被告米兵は裁判途中に除隊・帰国してしまった。

 日米地位協定では、米兵が公務外に起こした事件事故で賠償金が支払えない場合は米側が補償する仕組みだが、今回のケースは発生から2年以内とする米国法の請求期限を過ぎているとして、米側が支払いを拒否。このため防衛省は、日米地位協定で救済されない米軍被害の救済を定めた64年の閣議決定を適用し、見舞金の支給を決めたという。
http://www.asahi.com/national/update/0519/TKY200805190236.html

 またしても「日米地位協定」が、ココで威力を発揮したのでした。

 アメリカ政府が「払わない」と言えば、自民・公明両党の取り仕切る日本政府はこれを“肩代わり”するのですね。不起訴とはいえ加害者が日本を出国できるというのも興味深い。2年経てば関係ねえとアメリカ政府。しかたないから国民の税金でオーストラリア人女性に“お見舞い”するんだと自民・公明両党。そういうルールがあるのだから当然だといわんばかりに。

 それにしてもこの違いはどうでしょう。祖国のいたいけな女子中学生が暴行されたら、アメリカ軍糾弾行動の隙をみて、子飼いのマスコミにすかさずバッシング報道を展開させて、女子中学生の神経を徹底的に痛めつけ、告訴を取り下げさせる。したがって慰謝料も見舞金もゼロ円也で、懐は痛まずに済ます。しかしオーストラリア人女性には、日本政府も日本国民、どう考えても無関係なのに、3,000,000円という見舞金を、国民の税金から進呈する日本国政府――。

 アメリカ合州国の従属国これにあり、です。