「払田柵」連載記事の疑問その後

 24日の日記ネタ「謎の遺跡 払田柵(ほったのさく)をめぐって」(朝日新聞秋田版)についての疑問――「米は1人当たり1日2升。計算すると兵は、1474人はいたことになる」は、間違いでは? とのメールに対する親切丁寧な返信が、翌日に支局から届き、お礼のレスを送った。

 で、蒙昧なる私が抱いた疑問は、以下のように解かれた。メールをここに貼り付けることはできないので、要約する。

 「1日2升」は「1日2合」の間違いでは? との疑問、これは給料なのだという。そうか! と思った。考えてみれば通貨がなかった時代だ。コメはカネと同じ貴重品。コメがあれば木の実や魚や野菜などの食物や、衣類などと交換できるし、先住民・蝦夷に造作の手伝いをさせたときの報酬にも使える。

 それに兵隊は単身で来るとも限らない。家族を伴って赴任することだってあろうし、現地の女性を嫁にすることだってありえよう。となれば「1日2升」はもろもろの予算に消えていくし、現地で生活する以上、一家を食わせるためにも必要な量ということになる。江戸時代の『石高』(こくだか)と同じものと思えばよろしいとのことであった。

 返信では「1升」の単位についても解説してくれて、1升=10合は昔も同じではあったが、1合マスの容積は、時代時代と場所によって、そうとうな開きがあったとも。さらには米を計る1合マスと塩を計るマスも、異なっていたのだという。いまの時代は何グラムと言われても、簡単には置き換えられないのだそうだ。ややこしいことですね。

 秋田・払田柵に赴任した1474人とされる兵隊の数も、その根拠となるのは秋田に運び込まれた米の量だが、日本紀元略の記載を元にして、古代史家・古文書の専門家・果ては考古学者が推定した結果に弾き出した人数だという。とても○○×●●÷△△=□□などと数式に表せるものではなさそう。

 うーん、謎のベールに包まれた古代人の生活がかいま見えたような気がする。それにしても、無知な私にここまで親切に教示くださったことを感謝しつつ、無知だからこそ味わえる感動にしばし浸ってみた。

 ありがとうございました、朝日のK記者さん。