遅かった。でもよかった。

 秋田の八郎潟が、食料増産の国策の名のもと干拓されて半世紀になる。かつては琵琶湖を上回るほどの漁獲高を誇った汽水湖も、目的のよくわからない干拓の末にこじんまりとした湖に変わり果て、内水面においても、いまではブラックバスという外来魚の侵略をうけて見る影もない。悪質で独善的な環境テロリストが不正に放流したオオクチバスが、爆発的に大繁殖した結果である。

 資料を引っ張り出すのが面倒なので詳しくは触れないが、ワカサギの水揚げに大きな変化はないもののいまや八郎潟の生態系の主役はブラックバスに取って代わられた。

 10年ほど前に私は、この八郎潟の外来魚問題の取材を開始した。半年ほど費やして雑誌に発表して、2〜3年後をめどに本にまとめて出版する構想も立てていた。それが取材は2ヶ月ほどで中断、以後、まったく手を付けていない。Nの件にかかりきりになったためだ。北海道にまで専門家の話を聞きに行ったというのに…。

 かき集めた資料の束も取材ノートも写真も聞き取りメモもどこかにあるはずだが、探す気力がない。でもこの件(八郎潟ブラックバス問題)は、いまだにだれも集中的に報じていない。あっても雑報程度。いつか再開して、今度こそ本腰をいれて取り掛かりたいとは思うのだが。

 グロテスクな外来魚が、わが祖国の水域にはびこり出したきっかけはなにか。

 ブラックバスを日本に最初に持ち込んだのは、赤星鉄馬という実業家が1925年に移入させたのが始まりとされる。赤星の理念は決して「グロテスク」なものではなく、食用が主であった。それが釣りの対象に使える、金になると目論んだ一部の連中が、全国の湖沼に放ち、いまやすべての都道府県に生息するようになった。すべて許可なし、不正の放流であった。ブラックバス問題はここから始まった。

 宮城県伊豆沼はラムサール条約に登録された由緒ある沼。ここにもブラックバスがゲリラ放流され、在来種ゼニタナゴは絶滅したと見られる。古くはコイやニジマスなど、外来魚はほかにもたくさんいるが、ブラックバスが及ぼす影響はケタ違いなのだ。

 だが環境テロリストどもは、そこにある元の自然がどうなろうとハナから考えはしない。日本固有の在来種など眼中にない。そういう連中が、わが祖国の内水面をズタズタに引き裂いた。奴らはいまも暗躍し、目星をつけた湖沼にブラックバス放流を企てている。

 もうひとつ深刻な害をもたらす外来魚がいる。ブルーギルだ。性質は穏やかで、ブラックバスのようなハンター的特長はなく、釣りにも食用にもイマイチで、せいぜい観賞用しかつかえない。

 だがブルーギルは、水生昆虫や魚卵・仔稚魚はもとより、雑食性なので水草でも生ゴミでも食べ、汚れた水質にも生きられ、卵や稚魚の世話まで行う、まことに厄介な魚だ。ブラックバス同様、2005年6月に施行された「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律外来生物法)」で特定外来生物に指定されているため、駆除が実施されている。

 秋田でも2002年に雄物川河口付近で見つかり、生息が確認された。観賞用をだれかが放したか、アユなどの稚魚にまじって移入されたと見られているが、爆発的な繁殖にはいたっていないらしい。八郎潟でもいまのところ報告はない。

 大して価値のないこんな困った魚を、日本に持ち込んだのはだれか。

「琵琶湖のブルーギル繁殖心痛む」 天皇陛下ごあいさつ

 天皇皇后両陛下は11日、大津市で開かれた「全国豊かな海づくり大会琵琶湖大会」に出席した。天皇陛下は、外来魚ブルーギルが異常繁殖し、琵琶湖の漁獲量が大きく減ったことに触れ、「ブルーギルは50年近く前、私が米国より持ち帰り水産庁の研究所に寄贈したものであり、当初、食用魚としての期待が大きく養殖が開始されましたが、今このような結果になったことに心を痛めています」と述べた。
 魚類を研究する天皇陛下が外来魚問題について、公の場で発言したのは初めて。
 宮内庁によると、天皇陛下は皇太子時代の1960年にアメリカを訪問した際、シカゴ市長からブルーギルを寄贈され、食用や釣りの対象になればと水産庁の研究所に寄贈した。滋賀県によると、1963年、国から琵琶湖の県水産試験場ブルーギルが分与された。逃げないように注意して飼育していたが、なんらかの経緯で、60年代末までにブルーギルが一般水域で確認されるようになったという。
 天皇陛下は一般水域に入ったブルーギルが生態系を壊したことについて以前から残念に思っており、側近に「おいしい魚なので釣った人は持ち帰って食べてくれれば」などと話していたという。
 天皇陛下はあいさつの最後に「永(なが)い時を経て琵琶湖に適応して生息している生物は、皆かけがえのない存在です。かつて琵琶湖にいたニッポンバラタナゴが絶滅してしまったようなことが二度と起こらないように、琵琶湖の生物を注意深く見守っていくことが大切と思います」と述べた。
 大会実行委員長の嘉田由紀子滋賀県知事は、天皇陛下の発言について「当時は食糧難でたんぱく質を増やそうという時代で、その後、生物の多様性の重要さが指摘されるようになったのに、科学者として勇気ある発言をしてくださった。お気持ちを真摯に受け止め、琵琶湖の再生に向けて働きたい」と話した。

http://www.asahi.com/national/update/1111/TKY200711110100.html

 天皇陛下ブルーギルを持ち込んだ事実は広く知れ渡っていた。でも、これまで陛下は、このことについてなんら声明を発表していなかった。それが「ブルーギルは50年近く前、私が米国より持ち帰り……今このような結果になったことに心を痛めています」と公式に語った。

 正直、よく言ってくださったと思う。でも遅かった。せめてもう10年はやくこの言葉を聴けたら――という気持ちがぬぐえない。

 ブルーギルは前述のとおり、同じ外来魚でもブラックバスとは違いがある。ゲリラ放流の対象になっているわけではない(しかし一部ではブラックバスのエサ役として、ブラックバスとセットで放流されるケースがある)。嘉田由紀子滋賀県知事「科学者として勇気ある発言をしてくださった」は、私もまったく同感である。

 魚類学者でもある天皇陛下の言葉は短くても、大きな大きな重みがある。日本古来の自然・生態系を、国民挙げて考え直すべきであろう。