クニマスという浦島太郎

 クニマス発見フィーバーもそろそろ冷めつつある。ここいらで冷や水を浴びせ…いや現実に戻って、今後どうなるかを想像してみる。

 「クニマス釣りたい」という問い合わせが西湖漁協にきてるとか。「クロマスなら本栖湖にもいた」というウワサも。そのうち「絶滅種を釣ったぞ!」なんて画像がブログに出るんだろうな。

 ちなみに西湖の遊漁料はヒメマス・ワカサギ・サクラマスが1500円で、ヘラブナブラックバス・雑魚は600円。クニマス(クロマス)は雑魚扱いだから、600円で釣り放題。食べたっていう人もいた。塩焼きが美味だそうだ。漁期は3月1日から12月31日まで。この週末はボートでクニマスを狙う釣り人で、西湖はどれだけ混み合うことか…。その筋の掲示板では、すでにクニマスの釣り方が出回っている。ボートで水深90メートル付近をねらえ、ポイントは北岸だ、撒き餌はアミがいい、エサはイクラでetc…。これが現実なのである。

 ここで西湖ライブカメラ。釣り人、増えてるそうだ。http://www.uty.co.jp/live/saiko.htm

 サケ科の魚は人工繁殖が容易だ。海岸沿いの大きな街には大抵、サケ養殖場水産試験場があって、ほとんどのサケ科の魚を人工的に殖やし、放流している。なにしろ、くだんのクニマス、10万粒の卵を移入して見事繁殖に成功し、定着したことが裏付けられたのだ。水温管理などの設備、移動手段も整っていない戦前に、である。

 「ぜひ我が町にクニマスを」――そんな自治体も現れるだろう。田沢湖へすぐにクニマスを還すことは、いまの段階では不可能だ。田沢湖はいまもって“死の湖”だから。しかし、クニマスの生息に適した湖沼を見つけることは難しくあるまい。町おこしにクニマスを利用しようという自治体は、確実に現れる。

 クニマス田沢湖でしか生息が許されないという法的根拠もない。いずれ規制がかかろうが(下の記事)、いまのうちに西湖で捕獲し、どこかの池に放流するヤカラも出没するだろう。「なんと○○湖にクニマスが!」なんて見出しが釣り雑誌を飾ることも想定できる。釣り雑誌にはクニマスの釣り方やクニマス釣り場情報があふれ、簡単な繁殖方法まで指南する「専門家」まで現れるだろう。

 やがてクニマスの釣り堀が開業し、レストランではクニマス定食がお品書(メニュー)に加わり、スーパーの店頭に「国鱒(養殖)」が並び、回転ずしではクニマスの刺身が流れてくる日も遠くあるまい。

 今はとんでもない話だが、冷静になればそんな未来が浮かぶ。21世紀に突如引きずり出されて、まばゆいばかりのスポットライトを浴びせられた浦島太郎は、いまどのような心境であろうか。

西湖 一部に禁漁区域を設定へ
 70年ほど前に絶滅したとされていた淡水魚の「クニマス」が、山梨県の西湖に生息していることが確認されたことを受けて、地元の富士河口湖町と漁協などは、年明け以降、湖の一部に禁漁の区域を設ける方針を確認しました。
 富士五湖の1つ、西湖でクニマスの生息が確認されたことを受けて、15日夜、地元の富士河口湖町の担当者や漁協の組合員などが集まり、今後の対応を話し合いました。その結果、現在行われている特産のヒメマス漁が終わる、年明け以降、湖の一部に禁漁の区域を設ける方針を確認しました。クニマスは、かつて秋田県田沢湖にだけ生息し、およそ70年前に絶滅したとされていましたが、京都大学総合博物館の中坊徹次教授のグループが、西湖で「クロマス」と呼ばれていた魚を調べたところ、クニマスと確認されました。町や漁協では、今月22日に中坊教授を訪ね、生態などについて説明を聞いたうえで、どこを禁漁にするのか具体的に検討するということです。また、漁協では、釣った魚の中に黒っぽいものがあればすぐに連絡してほしいと、釣り客に呼びかけることにしています。
http://www.nhk.or.jp/news/html/20101216/t10015881421000.html

追記

 まず、「さきがけ」の記事を全文貼ります。

山梨県クニマス調査へ 田沢湖から卵運ばれた西湖と本栖湖
 田沢湖で絶滅したはずのクニマス山梨県の西湖(さいこ)で70年ぶりに見つかったことを受け、同県は16日、田沢湖から過去に卵が運ばれた記録がある西湖と本栖湖(もとすこ)で、捕獲を含めた生息調査をする方針を固めた。具体的な内容や時期、手法などを今後、環境省と協議する。
 西湖にすむヒメマスは産卵期などに魚体が黒く変色する傾向があり、地元では「クロマス」と呼ばれていたという。同県花き農水産課はこうした個体の中にどれだけクニマスが含まれるかや、形態や生態、生息環境などを解明するための調査を検討。本栖湖でも黒い体色の魚がいるとの情報があり、環境省と生息確認に向けた方策を話し合う。
 同課は「漁場管理を適切に行ってヒメマスを守ってきたが、今後クニマスを狙う遊漁者によって漁場が荒らされる恐れがある。再び絶滅することがないよう早急に手だてを考えなければならない」としている。
 一方、田沢湖観光協会の関係者らは同日、クニマスを長年研究してきた杉山秀樹県立大客員教授(60)を訪ね、近く西湖などを訪問することを確認。杉山客員教授は「田沢湖クニマスを再導入できて初めて、新たな一歩と言える。田沢湖復活に向けてこれからどうするのかが大切だ」と語った。(2010/12/17 09:33 更新)
http://www.sakigake.jp/p/akita/news.jsp?kc=20101217c

 「田沢湖復活に向けてこれからどうするのか」と語った杉山客員教授。尊敬する学者ですが、杉山さんもコレだけは言えないんです。ってか、田沢湖再生には是が非でも欠かせない、絶対的かつ絶望的な条件。

 それは、玉川導水路の完全封鎖です。

 ……玉川の水は中和処理後もpH5・1〜5・3で、先達川の中性水で薄めても湖は酸性のままだからだ。かつての豊かな自然を取り戻そうと活動している住民団体田沢湖に生命(いのち)を育(はぐく)む会」(2002年結成)の代表世話人田口達生さん(61)は「いまだに毒水を入れ続けている。これをやめ、以前のように湖畔の沢だけに水源を求めるべきだ。そうしない限り、動植物であふれる元の湖は永久に取り戻せない」と訴える。
 (秋田魁新報どっぷり雄物川紀行」より抜粋)
http://www.sakigake.jp/p/special/10/omonogawa/article2_08.jsp

 みんなわかってることなんです。田沢湖の中和化が遅々として進まない理由が。いまも田沢湖には、玉川の毒水が流入しています。中和処理しているとはいえ、流入水はpH値5ちょい。これが絶え間なく、田沢湖へザアザアと流れ込んでいるのでは、水質が改善されないのも当たり前なんですよね。

 それでも昔よりはマシになったと言えなくもない。玉川毒水中和化は秋田県の150年にもわたる積年の悲願でした。私財を投じて中和事業に尽力した偉人もいます。戦時中はダイレクトに流入していたし、先達川で希釈されてなかったころもある。ここまで中和化を果たしたことについて、わたしたちは先人への畏敬と感謝の意を持たなくてはなりません。

 でも、田沢湖はいまもって死の湖。中和処理した水を導入することで水質改善を図るのもいいけれど、あと何年かかるのでしょうか。ほかに有効な手段はないのでしょうか。pH値を8くらいにしてから流入させることはできないのでしょうか。いっそのこと玉川の水は封鎖し、先達川からのみの導水では、やはり焼け石に水でしょうか。思い切って湖畔に中和処理施設を建設してはどうか。海底油田プラントのような施設を湖面に浮かばせることは検討できないか。

 間もなく本格的な雪の季節です。田沢湖に降るのが冷たい雪でなく、重曹であればいいのに、と妄想しています。
(ちょくちょく編集します)