嫌味な世界

 秋田出身で中日ドラゴンズの監督・落合博満氏は、もともとプロ野球選手を目指していたわけではなかった。高校時代は野球部に所属してはいたものの、先輩のしごきに嫌気がさして逃げ出しては、試合になると復帰して打ちまくる、いわゆる天才肌。東洋大学でも野球部の慣習に馴染めず、結局半年で退部・退学。帰郷後はプロボウラーを目指すなど、必ずしも野球一筋に打ち込んだわけではなく、社会人野球で頭角をあらわすまで、プロ球団のスカウトもマークしていなかった。

 その後ロッテに入団し、パリーグ通算3度の三冠王達成と、落合の野球選手としての才能は最大限に引き出されることになるが、落合という人は、必ずしも一つのことにこだわらず、気ままにやりたいことを自由にやるスタイルが、他の日本人選手とは違うものだなと、いま、あらためて思った。

 早稲田大学野球部の斎藤佑樹選手がドラフトで日本ハムに入団することが、ほぼ内定したというニュース、この種類の報道をみるといつも思う。こういう野球選手は、野球しか道がないんだろうか、野球以外にやりたいことがないのか、たとえば学生時代は野球に打ち込んで、卒業後は医者になるとかジャーナリストになるとか登山家になるとか、いろんな道が開かれているはずなのに、どうして野球というレール意外に選択肢がないのだろうか、と。

 もちろん、すべての球児がプロ野球を目指すわけじゃないし、プロ入りしたくても実現するのは全球児のうち1パーセントもいないのはわかってる。だいたい斎藤選手は、あれだけ甲子園を沸かせたスター選手だし、その才能を喉から手が出るくらいほしい球団が多いから、卒業後はぜひウチへとスカウトが攻勢をかけた結果だろうが、斎藤選手自身、高校時代からもはや既成事実化していたプロ入りという、自分の既定路線に疑問を感じることはなかったのだろうか。

記者:斎藤選手、意中の球団は?
斎藤:球団? いや自分は卒業したら登山家になりたいんですけど…。
記者:え? 登山家?
斎藤:ええ、野球はもうやめます。
記者:なぜ? あれだけ甲子園を沸かせてプロも君を欲しがってるのに?
斎藤:いやあ、そう言われても僕にもやりたいことがあるし。

 こんな会見は99%あり得ないだろうが、すくなくとも落合選手は、これに近いスタイルを貫き、球界を代表する大選手となった。そんな俺流針路に裏打ちされた落合につづくような個性的な選手は、ついぞ見たことがないし、今後も現れないだろう。

 可能性というのは、有能な人材であればあるほど、多彩に開かれているものなのに、有能であるがゆえに可能性がひとつしか存在しないなんて、なんとせまい了見で仕上がった嫌味な世界であろうか。

日本ハムが斎藤と交渉権!
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101029-00000000-spn-base