『ザ・コーヴ』

 物議をかもした問題作・『ザ・コーヴ』(ルイ・シホヨス監督)が、ついに盛岡で上映され、きのう10日に観てきた。

 やっとというか、いまさらというか、秋になってからの上映は、とっくに旬が過ぎただろうと思っていたが、なんでも舞台となってる和歌山県太地町でのイルカ漁は、つい先日、今期の漁期に入ったばかりで、旬真っ盛りなのであった。

 とはいえ最初の上映からすでに3ヶ月過ぎているし、本作をめぐるさまざまな批判や賛同は、たくさんの方々が書かれているので、ここでは個人的な感想だけ書いておこう。

 鑑賞後の印象は、ひとことで言えばよくできたドキュメンタリーだなといったところ。これがハリウッドでつくられ、世界的に大きな反響を巻き起こし、内容の真偽や撮影の手法、上映の是非をめぐる日本国内の動きと併せて、大きな議論を呼んだのは、そんなに過去の話ではない。

 痛快なのはこの映画が、ハリウッドの2009年度第82回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞を受賞したこと。どこが痛快なのかというと、わが日本映画界が雲の上の賞と崇めひれ伏し、だれもが憧れるアメリカのアカデミー賞の頂点に立った映画が、あろうことか“日本叩きの映画”だったということである。

 去年『おくりびと』が米アカデミー賞に輝いたとき、日本国の熱狂ぶりは滑稽であった。『おくりびと』は上映館がこぞって追加・継続となり、観客もシネマに殺到、ロケ地には人が押し寄せた。観るべき映画をアメリカ人に選んでもらわなければ映画館に行かない日本人の、主体性なき間抜けな姿が、顕著に表れたケースであろう。

 そんなありがたい賞を、なんと日本を批判するドキュメンタリーが受けたのである。日ごろアメリカをお手本にして映画づくり・映画えらびをしている日本人は、この現象に戸惑わずにいられなかっただろう。米国アカデミー賞映画だから素晴らしい映画だ、これは観にいかなくてはならない――と思ったかどうかは不明。

 内容については前述のとおり、いろんな方が書いてると思うのでわたしは控える。細かい部分で余計な誇張や演出、あるいは捏造があるのも想像にかたくない。ノンフィクション・ドキュメンタリーでも、日本の手法とアチラのやり方では、独特の違いがあって、そっちの方に関心が湧いた。

 で、日本の食文化・狩猟文化を支えるイルカ漁だけど、過去に書いたとおり、彼らアメリカ人がイルカを守りたいという動機が、どうしたって愛玩動物レベルなのだ。かわいいから、賢いから、知的だからというだけで、イルカは守るべき、捕まえて殺したり見世物にしてはいけない動物なのだと、観客に訴えるのだ。これはもう彼らは30年も前から言い続けてきてるパターン。

 それでもいくつか“進歩”もあった。水銀である。イルカなどの生態系の頂点に立つ動物に蓄積される有害な水銀の濃度が、あの水俣病を引き合いに出して、人間に危険なレベルであることを強調していた(実際はそうでもないそうだが)。だとすると確かにイルカは危険であるから、食文化を守るどころではない。その点は耳を傾けるべきであろう。

 また、日本が海洋資源、わけても食卓をささえる漁業資源を食いつぶしてるという指摘も、基本的に賛同できる。

 ただ、築地の市場を早送りで見せられたって、そんなに心が揺さぶられるものではない。少なくとも漁業関係者には。

 わたしとしては、いち市場の動向を映すより、日本という国の漁業関係者や漁師たちが、国策のもとに海を汚され、海洋資源が枯渇している現状に、なんら声を上げなければ行動するでもない実態を、大きく報じてほしかった。すべてというわけではもちろんないが、日本の漁業関係者は、日本の海に見切りをつけて、遠く離れた大西洋や南半球で操業しているのである。

 これも過去に書いたことだが、再掲しよう。

 日本はマグロを近海ではなく、わざわざ南半球や大西洋まで出かけていって獲っている。

 なぜなら日本近海では、マグロがほとんど獲れなくなったからだ。

 それは、日本人が、列島の森林を破壊し、ダムを造り、コンクリート護岸で固めたため、海に土砂が供給されなくなり、海の資源が枯渇した結果だ。

 日本は、クジラのみならずマグロまでも規制されるのではと警戒感を強めているが、日本列島を取り囲む海を、徹底的に汚し、魚を乱獲しまくったのは、当の日本だ。

 それで、豊かな漁場が広がるオーストラリアや大西洋へ、遠洋マグロ漁の大船団を組み、はるか外国のマグロをねらっている。

 日本の食文化も大切だが、日本周辺の海をダメにしておいて、外国の海で食文化を叫んだところで、なんの説得力もない。
http://d.hatena.ne.jp/binzui/20100315

 日本の近海で仕事をし、海の恩恵を最大限受けているはずの漁師や漁業関係者は、日本の森林には目を向けないのである。わずかな例外を除いて。

 大事な海の資源は、森が支えているのだということを、どれだけ認識しているだろう。きっとたくさんの漁師がそれを知っていると思うが、では森を守ろう、よみがえらそうと行動している漁師が、どれだけいることやら。

 『ザ・コーヴ』は、その点についてはまったく触れていなかった。気がつかなかったのかもしれないが、それをやっていれば、さらに深みのあるドキュメンタリーになっていただろうに、画竜点睛を欠いていたことが残念であった。

 あたかもいま太地町で、イルカ漁がたけなわらしい。『ザ・コーヴ』に触発された外国の活動家が当地を訪れ、イルカ漁を阻止すべく暗躍しているとか。

捕鯨家到着で連日ピリピリ 「ザ・コーヴ」の太地町
http://www.chunichi.co.jp/article/national/news/CK2010090802000022.html

 イルカを守るのもいいし、日本の漁文化・食文化を守るのもいい。でもどこかずれているんじゃないか。訴えるべき事例は、守るべき対象は、お互いそれぞれ別の場所にあるのではないか――。

 そう思わされた映画であった。
 (何度か編集します)