『空気人形』

 『誰も知らない』を観て以来の是枝裕和監督作品。『誰も―』以降、2作品ほど製作していたのは知っているけど、機会に恵まれず鑑賞していない。いつかDVDでも借りて観るつもりである。さて、このほど最新作『空気人形』が盛岡で上映されていることを知り、取り急ぎシネマに駆け込んだ。

 展開や動きに派手さのない映画は退屈が大敵なのだけれど、本作は初めから終わりまで、眠たくなったり帰りたくなることは皆無であった。カンヌをうならせた是枝監督の技法は作品を追うごとに上達しているようだ。

 いわゆるダッ○ワイフとか南○2号などと称される男性用性欲処理人形(ラブドール)を主人公にした奇抜で独創的な設定に興味を惹かれたのは確かだけれど、甘く切なく頼りなく、嬉しくも悲しくもない、幸せとは、希望とはなにか、夢・現実・挫折・葛藤・性愛それらが入り混じったおぼろで煮えきらぬ感覚を、都会の孤独をにじませたこの寓話によって、不覚にも背負わされてしまった。またしても是枝監督にしてやられた。胸の奥に重たく歯がゆく、ぼんやりと霧のかかった何かを植えつけられてしまった。

 主人公の空気人形「のぞみ」役ペ・ドゥナは韓国人女優だ。日本人女優が失って久しい謙虚さと、幼さの残るみずみずしい感性をそなえた、楚々とした美貌。これに加え、心を持った人形というむずかしい立ち振る舞いを要求される役どころを、韓国人らしい体当たり根性で見事に演じきった。すばらしい役者であるが、彼女を起用した是枝監督の眼力が証明された格好であろうか、あるいは監督自身が、ペの才能と力量に目を見張ったかもしれない。彼女なくしては本作は完成しえなかっただろう。

 そのほかの出演者・ARATA板尾創路余貴美子などなど、老練役者から子役まで、脇役とはいえ、それぞれがそれぞれの存在感と個性を、是枝監督によって最大限どころか、潜在能力以上に引き出され、どれが欠けても不完全となるように、まんべんなく活かされている(板尾だけはちょっと消化不良気味かな)。

 音楽(world’s end girlfriend)はピアノとオルガンが主体のシンプルなもの。それなのに、作品全体を緻密に色鮮やかに構成する妙薬となっている。カメラワーク(リー・ピンビン)の秀逸さもいろんなメディアが絶賛している。キャストだけでなく、裏方スタッフにも恵まれている。非の打ちどころがないとはこのことか。

 まだまだ書きたいことがあるけれど、この辺で。

空気人形 O.S.T.

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ゴーダ哲学堂空気人形 (ビッグコミックススペシャル)

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『空気人形』オフィシャルサイトhttp://www.kuuki-ningyo.com/index.html