『さきがけ』紙にボツにされた投書ふたつ

 おととし秋ごろ、地元紙の秋田魁新報(通称さきがけ)に2度ばかり投書しました。私の投書の採用率はけっこう高く、他紙を入れるとこれまで15通ほど投稿して、12回は掲載されました。でもコレはどうかな、掲載は半々かなーとにらんでいたら、見事ボツにされたわけです。

 その“いわくつき”の投書を、ここに掲載します。

 まずひとつは、夏休み終わり頃にフジテレビ系列で放送されたアニメ特番『ミヨリの森』を取り上げたもの。アニメの感想なんて採用されるわけないと言えばそれまでですが、内容的にはそれなりに自信がありました。でも案の定、ボツでした。

ボツにされた投書1

 8月25日夜のAKT『ミヨリの森』は、森の守り神にされた少女が、ダムから森を守ろうと、森の精霊たちとともに立ち上がるアニメだった。ダム中止を目指して子どもが奮闘する展開は突飛すぎる感もあったが、孤独な11歳の女の子が、田舎の美しい自然の中で心を開き、成長していくさまは率直に胸を打った。
 ただ、やはり「ダム」という題材は、映像の美しさやキャラクターの可愛らしさとは別次元に、ことに「成瀬ダム」などの現実を知る身としては、重すぎたと言わざるをえない。
 『ミヨリの森』と変わらぬ自然が東成瀬村には存在し、だれも見たことはないけれど精霊だってあの森には棲んでいる。なのに成瀬ダム計画はビクともしない。イヌワシがいようとまったく関係ないのだ。
 森の精霊は無口で無力である。大木が切り倒されようと、山肌がえぐりとられようと、なにも言わない。チェンソー武装した作業員に立ち向かえるはずもない。森を壊すのも守るのも人間なのに、成瀬ダムから自然を守ろうとする人間がどれだけいるだろうか。
 成瀬ダムにたずさわる方々は、『ミヨリの森』をどう見ただろう。ダムを推進する自信に揺らぎを覚えはしなかったか。森を壊す連中をこらしめる物の怪のたぐいが絶滅して久しいが、いまもし目の前に森の精霊たちが現れたとしたら、自信をもってダムを造ると言えるだろうか。
(2007年8月25日投稿)

 もうひとつは、おととし9月に東北北部を襲った水害に対応したもので、時事的にはタイムリーな内容。これまた自信があったけれど、やはり掲載されませんでした。

ボツにされた投書2

 イワナ躍る渓谷にダムがそびえ立ち、ホタル舞う水路がコンクリートで固められ、生活が豊かになった反面、ふるさとのかつての姿が二度と戻らない現実を思い知る。
 ダムができればいつでも水が飲めて、洪水も防げる、そう説得されて、住民はダムを受け入れた。
 そんな住民の暮らしを守るはずのダムが、突如、牙をむいた。
 9月16日から18日にかけての豪雨による洪水は、森吉ダムの放水による人災ではとの指摘に、知事はこれを否定したが、満水となったダムはもはや洪水調節機能を失い、治水の用をなさない。肝心なときに役に立たないのだ。役に立たないだけならまだしも、住民の安全を脅かす存在となるのだからたまったものではない。
 いわゆる「ダム洪水」だ。過去にも同じことが起きている。1972年に県北部を襲った大雨は能代市周辺に甚大な被害を与えた。森吉山ダム建設のきっかけとなった水害である。あのときも素波里ダムの放水が被害を拡大させたとの指摘があった。
 1994年には宮城県の樽水ダムが、やはり満水となったため流入分をそっくり放水し、名取市街に大きな被害をもたらした。管理者側は「マニュアルどおりに運用した」と責任を認めなかった。
 ダムには許容範囲がある。それを超える雨が降れば、手が付けられない凶器となる。今回の豪雨は、それをあらためて示したといえよう。上流にダムを抱える住民は、この事実を肝に銘じる必要がある。
(2007年9月27日投稿)

 「さきがけ」の投書欄は、実に貧弱。いちおう週6の割合でスペースが割かれていますが、掲載されるのは一日に2〜3件です。投稿者に謝礼は出されず、内容によっては匿名もOKだったりします。ようするに、さきがけ紙は読者投書欄に、あまり力を入れていないのです。

 それでも私のどぎつい投稿を果敢に掲載してくれることもあるので、担当記者はそれなりに責任感があるのだと思われるけれど、上に紹介したような、県政を牛耳る建設業界の存在意義というか、方針・根幹に関わるような内容の投稿は、断固として不掲載を貫くのであります。

 実はこの秋にも2通ばかり投稿したのですが、ボツを食らったみたい。まだ不掲載確定とはいえないけれど、今後も掲載されなければ、来年あたりに紹介します。