平泉・藤原まつり

義経役の木村了


 ことしユネスコ世界遺産に登録が期待される岩手県平泉町。その文化遺産のほどを見たいとかねがね思っていたが、はたしてあそこが世界遺産の名に値するのか、ちょっと懐疑的であった。

 平泉は岩手県だから、仕事で岩手と秋田を行き来する私は、もう数え切れないくらい訪れている。ただし中尊寺毛越寺へは、中学の遠足で行っただけ。数えたら27年前だ。世界遺産に登録されるとすれば、その中尊寺毛越寺、なにより金色堂がメインとなろう。

 たしかにこれらの仏閣はもちろん、さまざまな史跡の数々は「世界遺産」の名にふさわしい歴史と威光を兼ね備えていると思うけれど……。

 どこが懐疑的なのかといえば、あれ。平泉の街。

 いたってふつうの街なのである。ゴミゴミした小汚い。

 海外の世界遺産といえば、文化遺産だけに限れば、有名な万里の長城(中国)とか、ドレスデン(ドイツ)とか、コロッセオ(イタリア)などなど、もちろん私は行ったことはないが、写真で見ても圧倒されるようなシロモノが目白押し。いかにも「これが世界遺産だ!」みたいな風情で観光客の度肝を抜き、地元民もおそらく強い誇りを抱いているに違いない。

 これに対しわが祖国・日本の、まあ京都の寺院群や白川郷はまだしも(ほとんど知らないけれど)、平泉はどうだろう…?と思ってしまうのである。

 できれば平泉が晴れて世界遺産になってほしいとは思う。中尊寺金色堂を建立したのはあの藤原清衡。安倍一族の血を引き、蝦夷の血を受け継ぐ初代。わが郷里の遠い遠い祖先・先住民蝦夷の末裔のひとりなのだ。

 とはいえ、藤原3代が興した古都・平泉の町並みは、もうすっかり廃れてしまい、面影を残すのが先の仏閣や庭園くらいで、リストにあがってる史跡は素人目にもいまいちインパクトに欠ける。無名の遺跡はほとんど地下に埋もれ、宅地や田畑や車道や線路と化し、発掘調査でもしない限り記録すら残っていないものばかり。現状とくればちょっと目を向ければ、そこいらに普通の民家が軒を連ね、いまどきのホテルや鉄筋施設が立ち並び、電信柱が立ち並び、国道4号が中心部を走り、送電線の鉄塔が縦断し、携帯電話のアンテナ塔がそびえ立ち……といったありさま。

 これで世界遺産になれるの? ドレスデンコロッセオと肩を並べられるの? と素朴な疑問を抱くのは変ではあるまい。まあ不安材料となっている平泉の景観問題についてはこちらを↓
http://www.geocities.jp/hiraizumi_keikan2000/

 そんなわけで、きょう5月3日の憲法記念日、こともあろうに藤原まつり真っ只中の平泉へ行ってきたところである。

 そもそも高速道路の料金所を出るまで気づかなかった。藤原まつりが行われてたなんて(笑。

 連休だから人出は予想していたけれど、今日という今日はお祭りのメイン日、源義経東下り(あずまくだり)の日だったんですね。有名なアイドル俳優さんが義経に扮し、馬にまたがって毛越寺から中尊寺までを練り歩くやつ。ことしの義経役は木村了か。知らないタレントさんです(苦笑。

 いい天気でした。人も多かった。午後1時半、毛越寺の山門から馬車や牛車の列が出てきて、おのおの武者・山伏・童子・侍女・法師姿の行列が、ゆっくりと進んでいく。義経役の木村さん、馬の背で笑顔を振り撒き、牛車に揺られる秀衝役のどこかの社長さん、なんだかしんどそう。おなじく牛車の北の方(義経の妻)役の女子大生さんも緊張気味。

 沿道を埋め尽くす見物客、写真撮影にいそしむ人、携帯で写す人、馬がカッポカッポと音を立てれば、牛が突然寝そべったり。馬の上の地元テレビ局のアナウンサーさんが手を振れば沿道の女性が歓声をあげたり。

 まあ、年に一度の大イベント、いいものを見られたと思います。

 さて、お祭りは滞りなく終わったと思うけれども、ここが果たして世界遺産に登録されるか。確かに平泉の歴史的価値は、ヨーロッパ諸国のそれと遜色ないけれど、登録の是非を判定する審査員(?)のめがねにかなうのか否か。「浄土思想」といっても、その価値をわかってくれるだろうか。

 もっと書きたいことはあるけれど、いまはここまでにしておいて、平泉世界遺産登録実現を信じたいと思う。

 岩手県の関連HP↓
http://www.pref.iwate.jp/~hp0907/index.html

 達谷窟(たっこくのいわや)でデジカメ落としたら壊れた…液晶真っ白。田村麻呂が攻撃を仕掛けたのかな。