光市事件裁判報道に思うこと

 『創』9・10月合併号に、綿井健陽さんがルポを書いている。「これでいいのか? 光市母子殺害裁判報道」。

 本文にもあるように、裁判の模様を報告するのは、綿井さんはほとんど初めてだという。それでも、アメリカのイラク侵略の実態を報道するなど、尊敬するジャーナリストのひとりでもある綿井さんのルポなら一読の価値は大いにあろうと思い、『創』を取り寄せた。メディア批評紙『創』は、こういった報道の裏側にあるマスコミのドス黒い部分を暴くことがあるのでときどき取り寄せることにしている。定期購読はしていないけど。

 綿井さんのルポの中身をかんたんに説明する。(以下、引用ではなく要約)

 広島高裁で行われた差し戻し裁判を報道するマスコミの関心は、被告の元少年に対するものより、弁護団に向けられている。それは「どんな弁護団なのか、どんな主張をするのか」に絞られている。被告弁護団は、いま非難・誹謗・中傷の的にされ、脅迫まで受けている。嫌がらせや脅迫は弁護士以外に、日弁連、朝日・読売新聞社にも届き、被告の心理鑑定を行って法廷で証言した大学教授にまで殺到している。

 これは裁判ではなく「私刑(リンチ)」に近い。2002年に北朝鮮による拉致被害が明るみになったころの状況を例に、こうした「殺せ、殺せ」大合唱の機運は、ネット空間を逸脱し、メディア・市民が一体となって広がりつつあることを指摘する。

 メディアは「死刑反対」対「死刑を求める遺族・検察」という対立図式を報道するが、この裁判では被害者遺族の男性は「私は、被害者の権利確立を目的に発言や活動をしてきた。加害者に極刑を望んではいるものの、厳罰化・死刑推進運動をしているわけではない」と語り、被告弁護団も「私たちは、刑事弁護人としての職責をまっとうすること、法律を正しく公平に運用されること、事実・真実を求めている」と話す。なのに雑誌は、「光市裁判に集結した『政治運動屋』21人の『弁護士資格』を剥奪せよ!」(週刊新潮)「光市母子殺害犯を守る『21人人権派弁護団』の全履歴」(週刊ポスト)などと報道し、弁護団攻撃は加熱する。

 一審・二審では元少年は起訴事実を争わず、反省の弁もしていたのが、差し戻し審では一転し、殺意を否定した。これを安田弁護士は「司法の怠慢」と指摘する。「弁護人が弁護士としての職責を果たし、検察官が公正を維持し、裁判所が裁判所としての責任を果たしていれば、こんなことはありっこなかった」。

 被告の元少年の供述(犯行形態)は、鑑定書からも裏付けられてきた。「弁護団死刑廃止運動にこの裁判を利用しようとしている」という批判が多い中、弁護団は事件現場での事実をひとつひとつ解明してきた。検察側はむしろこの裁判を見せしめにして、死刑制度と量刑基準を示そうとしている。本裁判を政治利用しているのは検察側ではないか。

 ――と、こういう内容であった。裁判の主役は被告(弁護団)と原告(検察・遺族)であろうが、綿井さんはあくまで裁判の動きを報じるメディアに対して、報道機関のあり方を問う内容となっていることを付記しておく。

 アジアプレスネットワーク配信:山口県光市「母子殺害事件」弁護団記者会見の映像がある。テレビニュースではほんのわずかしか報道されなかった記者会見が、ほぼノーカットで見られるのでぜひ見てほしい。
http://streaming.yahoo.co.jp/playlist-SDyVypy_FwgYQpK1OCPO4A--?myp0=list&myp1=lid576460752303545509

 さて、あるタレント弁護士(橋下徹氏)がテレビ番組で「弁護団が許せないと思うなら弁護士会懲戒請求を出そう」と視聴者に呼びかけ、これに応じて懲戒請求を出した視聴者が3900件に達したそうで、対応に追われた被告側弁護士が、損害賠償を求めてタレント弁護士を提訴した。
http://newsflash.nifty.com/news/ts/ts__jcast_10942.htm

 引用するほどのニュースでもないのでリンクだけ貼ったが、一点だけ引いておくと――。

 「なぜそのような新たな主張をすることになったのか、裁判制度に対する国民の信頼を失墜させないためにも、被害者や国民にきちんと説明する形で弁護活動をすべきだ。その点の説明をすっ飛ばして、新たな主張を展開し、裁判制度によって被害者をいたずらに振り回し、国民に弁護士というのはこんなふざけた主張をするものなんだと印象付けた今回の弁護団の弁護活動は完全に懲戒事由にあたる、というのが僕の主張の骨子です」

 タレント弁護士さんはこのように自分を“弁護”した。「被害者や国民にきちんと説明する形で弁護活動をすべき」だという法的根拠があれば、タレント弁護士さんの言い分は裁判で認められるかもしれない。そんな法律があるのかどうか知らないけれど。ちなみに先の映像リンクはだれでも見ることができる。ただしほとんどの報道機関は会見の中身を数秒しか報じなかった。

 「なぜそのような新たな主張をすることになったのか」「被害者や国民にきちんと説明」すべく、被告弁護団は審議のつど記者会見を開き、丁寧に説明したのではあるが、メディアはほとんど黙殺し、ドラえもんだのなんだのと面白おかしく報道するばかり(とくにテレビ)。くだんのタレント弁護士さんの言い分が通るかどうかわからないけれど、「説明をすっ飛ばし」、「被害者をいたずらに振り回し」たのはだれなのか、冷静に考えてみよう。