好きな場所

 4月後半になると毎年必ず訪れる場所がある。

 あまり深くない谷間の,小さな沢が流れている小道を行くと,わずかに鉱泉が湧いているところへたどり着く。かすかなイオウの香りがあり,昔は集落のひとが汲んで持ち帰り,風呂にいれたり皮膚病の治療薬代わりにしたという。江戸時代の紀行家・菅江真澄の文献にも記録が残っている。

 もう10年以上も前から,私の大好きな場所であった。カタクリの咲き誇る季節がとくに好きだった。

 センダイムシクイオオルリヤマガラのさえずる小道を,ゼンマイやバッケ(フキノトウ)を摘みながらゆっくり歩いていく。道はもうカタクリだらけ。踏みつけないように歩くのが難しいくらいの彩りだった。“春の女神”と呼ばれるギフチョウもあちこちに舞い,カタクリから採蜜していた。

 そこに送電線の鉄塔が突如,そびえ立ったのは,たしか3年前だったろうか。

 言葉を失うというか,呆然と立ち尽くした。

 前の年,政府は「新・生物多様性国家戦略」を策定し,集落に身近な里山保全に乗り出していた。

 その矢先の,コレである。

 めったに怒らない私もこういうときはマジ切れる。町当局に照会し,県や電力会社に抗議した。新聞社にも投書した。

 しかし後の祭であった。

 その後も私は毎年そこを訪れてはいるが,もう「好きな場所」ではなくなってしまった。

 別の場所を探そうと思い,去年,ひとつ集落を隔てた平原に行ってみた。

 立ち木がほとんどなく,日当たりが良好すぎると,カタクリイチリンソウは群生しにくいものだが,私が“発見”したそこは,見たこともない一面のカタクリ群生地だった。地元にこんな場所が残っていたなんて。

 元気なギフチョウがあちこちにいた。撮影もおぼつかなかった。空は広い。電信柱も電線もまったくない。ノスリがのんびりと空に浮かんでいた。

 見つけた。好きな場所。

 ことしも行ってみよう。