『ノウイング』

 さんさ祭りで沸き立つ盛岡市。その初日に、これまた出来たばかりのシネマ・盛岡アートフォーラム(盛岡フォーラムの姉妹館)にて、話題のパニック映画『ノウイング』(アレックス・プロヤス監督、ニコラス・ケイジ主演)を観てきた。

 下馬評ではなかなかの秀作らしく、あちこちの映画評で高得点がつけられていたことと、こういったパニック物には目がないので、そろそろ混まなくなっただろうと見越して今月1日に走った。

 物語は、50年前に小学校の校庭に埋められたタイムカプセルを開けて出てきた数字の羅列表が、大惨事を予言したものであることが判明し、からくりを突き止めた大学教授が、最後の予言である人類滅亡を阻止すべく奔走するってやつ。

 中身としてはかなり楽しめた。面白かった。さすがハリウッド。飛行機墜落シーンや地下鉄の惨事など、まるでその場に居合わせているような錯覚さえ覚えた。惨事を食い止めようと走り回る主人公にも素直に感情移入できた。

 ただ、見終わったあとの不可解感というのが…。

 ネタバレになるけど、物語は最終的に、主人公の奮闘むなしく、主人公含めた人類が滅亡するのである。でも100%ではない。主人公の息子と、50年前に問題の数字表を書いた女性の孫娘が物語の中盤で出会い、このふたりだけが助かる。どうやって助かるのかは書かないが、イメージとしてはノアの方舟かアダムとイブみたいな(笑。

 だいたい、アレックス監督はなにを伝えたかったのか。おなじみ「家族愛」以外思いつかない。予言やら牧師が出てくるあたり、聖書を意識していることは確かだが、そんな陳腐でありきたりなメッセージ性が、いまどきの観客の心に、どれだけ残りうることやら。

 まあ面白かったのは確かなので、関心あるかたはどうぞ。