『崖の上のポニョ』観たけど

 夏の映画の真打ち、巨匠宮崎駿監督の最新作アニメ『崖の上のポニョ』を観てきた。おなじみ盛岡シネコンである。公開は7月19日だが、始めのうちは混雑してゆっくり観られるわけがないので、そろそろ観客も落ち着いたころだろうと6日にレイトショーで行ってきた。

 昨年3月28日の日記で、宮崎監督のドキュメンタリーを放送したNHKの番組に触れたことがあった。『ポニョ』製作に取り掛かったばかりの宮崎監督の素顔と仕事ぶりを描いたもので、あれを見た私は「60歳代後半になろうという宮崎監督の創作意欲はまったく衰えていない。作品に対するこだわりはいささかも揺るがない。いったい新作はどんなのになるんだろう」を期待をこめて書いたが、あれから一年半近く過ぎ、いよいよ日の目を見ることとなった『ポニョ』、わが期待にどう応えてくれただろうか。

 久々の宮崎アニメ、わくわくしながら席につき、上映開始を待ち、はじまった。

 むう…。

 いつもと違う。どこか違う。

 キャラクターの表情・動き、背景の緻密さ、人物設定の絶妙さはいかにも宮崎ふうである。でも、どこか足りない。というか、画竜点睛に陥っているように思える。宮崎監督なら、ここはこう念を押すはずだ、クギを刺すはずだ、と。観ているうちに、そう思える箇所がいくつもいくつも出てくるのである。

 いくつか挙げてみる。

 まずキャラクターの動き。宗介が自宅から磯へ下りていく序盤のシーン、5歳の幼児がああも軽快に降りられるわけがない。整備された遊歩道でもない崖の急斜面を、しかも両手にオモチャを抱えて、である。子どもなら途中でよろけたり尻もちをついたり、虫や草花や沖の船に一瞬、目を奪われたりするものではないか。宮崎監督ならそのあたりは当然折り込むはずなのに

 設定。老人介護施設と保育園を隣り合わせたのは見事であるが、施設で働く介護師がなぜ若い女性だけなのか。男手は必要ないといいたいのだろうか。介護される老人もおばあさんだけ。じいさんはあんなところへ入るべきではないというのか。

 音楽。『風の谷のナウシカ』から急上昇し、『千と千尋の神隠し』あたりがピークと思っていた久石譲の神かがったメロディは、『ハウルの動く城』から下降線を描き始めていたが、劣化は本作でも歯止めがかかっていないようだ。各シーンに絶妙に融和したBGMが、映像ともども心に響かないのはどういうわけか。久石氏の感性も降下気味と見抜いた宮崎監督は、妥協を余儀なくされたのだろうか。

 背景。緻密なところは変わらないけれど、それは生え抜きスタッフによるところが大きいとみた。一方で、宮崎監督特有の繊細さが失われたと思うのは私だけか。『ナウシカ』『もののけ姫』『千と千尋』で見せたあの度肝を抜く描写が、本作ではごくわずかなのである。

 まだまだこんなものではない。突っ込みどころが多すぎる。宮崎駿監督の作品でここまで批判を覚えたのははじめてである。

 なぜ? 理由はそんなに難しくない。

 「子どもたちのために作った」という宮崎監督の談話の一部。宮崎監督は公開前に、子どもの反応がイマイチだったことに不安をもらしていたという報道があるが、本作の物足りなさは「子ども向け」という点に原因がありそうだ。

 宮崎監督が手を抜いたとしても、子ども向けにつくった映画なら、旧作並みに神経や精力を傾注させる必要はないという見方もあろう。仰々しく生々しい映像や、難解で凝りすぎたストーリー展開は、確かに子どもにはそぐわない。

 では、脳内チャンネルを変えて、敢えて童心に環って映画を見つめてみたけれど、子どものようにドキドキワクワクハラハラ、期待に胸躍らせ興奮し、はたまた次の展開が怖くて目を閉じ耳をふさぎたくなる――なんてシーンがあっただろうか? レイトショーなので場内に子どもの観客はいなかったけれど、いたとしても退屈ではないかとさえ思う。実際私も退屈なシーンがあったし、むしろ退屈なシーンこそ見せ所なのだから、取材モード全開にして画面に食い入ったけれど、得るものはほとんどなかった。

 残念ながら、本作のような突っ込みどころの多い作品は、宮崎監督の手腕を信じ、期待し、シネマに足を運んだ一人として、高く評価できるものではない。ぶっちゃけ「思ったほど面白くない」でした。『千と千尋』を上回る収益、なんて報道もあったけれど、リピーターはほとんどないと思う。

 宮崎監督も70の大台が近い。アニメ製作は激務である。日本を代表する映画監督として、高齢をおしてひとびとに夢を与える仕事に取り組む姿勢は神の領域に達しよう。でもそれが、はからずも監督の限界と劣化を示す凡作に現れ、ややもすれば失望を招き、ファンが離れていく要因になりかねない危険をはらんでもいるのだ。

 子どものためにつくるのもすばらしいと思います。でも大人のファンも一緒に観るのですから、もっとメッセージを含み入れていただきたかったです。