稀有の政治家の晩年

 最近読み終わった書籍は、『毎日新聞』記者の横田信行さんが著した『赦し 長崎市長本島等伝』(にんげん出版)だ。二週間ほど前の全国紙に広告が載ってて、即効でアマゾンへ注文し、一週間ほど前に届いた。

 本島元市長は私が尊敬できる数少ない政治家のひとり。岩波ブックレットで「長崎市長のことば」を、20年くらい前に読んだことがあったが、あの周知のような体験を経ながら本島さんは、これまで本を出版することはなかった。一線を退いて、いまは隠居でもされているんだろうと思ったら、かの伊藤長崎市長暗殺事件にからんで焦点が当てられる前から、毎日記者が密着取材して地方版に連載されていたなんて。

 本書は2005年11月から07年6月までの連載をまとめたもので、連載はいまも続いているという。本の帯にはつぎの一文。

 「天皇の戦争責任はあると思います」
 「本音をずばずば言ってしまうのが僕の悪いところさ」――本島等

 もうすっかり過去の話だが、本音もなにも、あたりまえの事実を述べただけで、本島さんはピストルで左胸を背後から撃ちぬかれ、暗殺されかかった(あの大事件では、県警幹部が進退伺いも提出しなければ、多額の費用がかかるから警護を解くようにとイチャモンをつけた保守議員が引責することさえもなかった。日本はそういう国)。九死に一生を得た本島さんは、それでも節を曲げなかった。変節を恥とも思わず、世論を引っ張っていくのでなく世論に追従し、迎合する政治家ばかりが闊歩している日本の政界にあって、いまではまれに見る本物の政治家であった。

 その具体的な生き方・考え方・信念・理念は本書でつまびらかになっているが、幼いころの弾圧の経験が下地になり、皇国史観・軍隊教育を体験し、戦後民主主義に移行したものの戦前の体制を脱却できないままの、そのゆがみ・ひずみに悩まされつつ保守政治家の道を歩み、市長に登りつめた。クリスチャンとして弱者への思いやりを決してわすれず、女性へのいたわりを損なわず、その気持ちは海外へも向き、多くの賛同者を獲得した。

 こういう政治家がひとりでもいたからこそ、日本の政治は三流などとこきおろす声に反論できるのだが、いまの国民の大多数は、自分らに追従する(とみせかけている)政治家と政党を与党にいただき、威勢のいい成り上がり素人を知事に選んだりする。

 本書を読んで驚かされた部分も多かった。本島さんは、ゴールドマン環境賞受賞した故・山下弘文さんとも親交があったとは。それはともかく、今後の人生のよい指標になる一冊である。著者である横田記者の優れた文章ともども。

赦し―長崎市長本島等伝

赦し―長崎市長本島等伝