あるA級戦犯にまつわるこんな話

愛知県出身の70歳代の男性Kさんから聞いた話です。ノンフィクション風にまとめてみましょう。

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太平洋戦争真っ只中の1942年ころ,Kさんが通っていた小学校に,ある軍人が招かれた。

M氏は日本陸軍大将を勤め,日中戦争において南京攻略戦に際し絶大な指導力と才能を発揮した皇軍の英雄であった。

講堂に集まった全児童を前に,いつもとは違ってやや緊張気味の校長は壇上の片隅に腰掛けた小柄な初老の男性・M氏を紹介すると,M氏の輝かしい功績を説明し,早口で次のようにまくしたてた。

「諸君もM氏のような立派な軍人となり! 
苦難をものともせず!
お国と天皇陛下のため!
全力を尽くし命をささげる覚悟を持ってもらわねばならぬ!
本日はM氏を本校へお招きし!
講話を頂戴する機会を得た次第である!
こころして聞くように!」

M氏が立ち上がり,壇上に設けられた演説卓の前に進み出た。

講堂に集まった数百人の児童は正座し背筋を伸ばして微動だにせず。数十人の教職員も全員正装し,椅子にかけてこぶしをひざに置いたまま。だれひとり例外なくまばたきすら惜しむように,壇上の男性に視線と神経を集中させた。

皇国が誇る大英雄の武勇伝を,ナマで拝聴にあずかる光栄に浴し,講堂のすべての人々は,鼓動の高鳴る胸がまさに期待に張り裂けんばかりであった。

M氏が,講堂を埋め尽くした児童・職員をひとしきり見回すと第一声を発した。

「校長先生が話したように私は陸軍大将を勤めていましたが,私は家では野菜をつくっています」

壇上の隅でM氏の発言を見守っていた校長の表情が変わった。

かまわずM氏はつづけて話す。

「中でも私は茄子に力をいれています」

児童の熱を帯びた視線はいささかも変化なかったが,教職員の間には間の抜けたような空気がじわりとただよい始めた。

「おいしい茄子をつくるのはけっこう手間がかかるんです。それには――」

M氏は時間いっぱい,茄子の栽培方法について語った。M氏に充てられた時間は一時間だが,M氏の講演は30分で終わった。

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「結局M氏の話は茄子の作り方だけで終わったんですよ。戦争や軍隊の話はまったくなかった。とんだ期待はずれでした」と,Kさんが聞かせてくれたのです。Kさんはある新聞にコラムを持っていた時期があり,そこでもこのエピソードを紹介していました。だから私にとってもなんら裏話というわけではないのですが,なかなか興味深い内容なのでここに記しておきます。

さーてM氏ってだれでしょう? ヒントは表題です。