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やるだけのことはやった――とはいえ,なにも変化がなければ,なにもやらなかったに等しいのかもしれない。このひ弱な細腕で,何人かの仲間と賛同者がいるものの,周りは圧倒的な「迎合者」の集まりばかりの状態で,やるだけはやった,などど生意気を言う口でもあるまい。
でも,ではどうするか? まだまだつづけるか? それだけの気合いと気力を持続する勇気・信念を貫けるか?
ははは。無理だって。どうせなにも変わらない。俺になにができる? 一矢を報いたつもりでいるのだろうが,敵は蚊ほどにも感じていまい。
聴こえるよ。声が。ヤツじゃない。
なんの声かな,いや音かな。
せせらぎ――
葉ずれの音――
枝が風にきしむ音――
鳥の声――
虫の声――
雲が流れる彼方から遠雷の響き――
雨が木を,葉を叩く音――
ゴゴゴゴと山全体がうなりをあげる,山鳴り――
幹に耳を当てたときに伝わってくる重低音まで……
いけね! あの空間がちらつく。沼の上に雲がつぎつぎに生まれる瞬間の連続が。
あれは八甲田に登ったときに見たんだっけ。まるで天上界の奇跡だった。
おっと,こんどは焼石岳を歩いたときの光景まで。全身が感動で震え上がった。
山って怖いね。そういえばだれかが言ってたのを思い出した。ひとりで山に入って気持ちわるくないのか――と。
うん,山には精霊がいるんだよ。太古の昔から人間や動物の営みを見守ってきた,森羅万象の神々がね。
妖精も物の怪もいる。うかつに入りこんだ人間を喰らう化け物が,いまも棲んでいるんだよ。
友人の子どもからこんなことを聞かれた。「熊っているの?」
「いるよ,見かけたら話しかけてごらん,友だちになれるかもしれないから。熊だって友だちがほしいんだよ,人間のことを山の仲間と思ってくれるかもしれないだろう,だから熊を怖がることはない,見られたらとても幸運と思った方がいいよ。ヘビやトカゲも同じだよ,みんな山の仲間,俺たちの友だちなんだよ――」
でも,もうあいつらは,俺らの前に姿を現さない。どこかへいってしまった。いるのは,人間を敵視している歪んだ動物だけ。
彼らをそうさせたのは,俺たち人間なんだから。
なんでこうなったんだろう。いつからこうなったんだろう。
それ以前に俺はどうすべきなんだろう。