精霊に会いたい

深山で出会った壮木


「幽霊の存在を信じますか?」と聞かれれば「信じない」としか答えられません。なぜなら見たことがないからです。

いわゆる怪談は好きです。昔から怖い話にはいろいろレパートリーがありまして,学校や合宿や修学旅行でよく同級生を怖がらせました。ただ亡くなった人に対する気持ちをもてあそぶような行為に,しばしば走り勝ちになるきらいが否めなく,テレビやオカルト書籍で心霊体験や恐怖ゾーンの情報を見ると,どこかしらけてしまうし,死者をないがしろにするような,あえていえば冒涜と紙一重であるとも思うのです。

霊魂の存在は,ある意味たしかに「ある」といえるかもしれません。彼岸とお盆に御仏や先祖の霊を弔うことは日本のよき文化の一例であり,その形態はまちまちながら日本全国に広まっています。

でも死んだ人がこの世に舞い戻ってきて,降霊だの啓示だのを示した,なんていうのを見聞するとどうみたって眉唾です。

わかりやすく説明すればこうなりますか。死んだ人とほんとうに交信できるのなら,未解決の殺人事件の犯人をすぐにでも捕まえることができるじゃないか,ということ。また失踪して何年も経つ子どもの所在だってわかりそうなもの。降霊術のできる霊媒師さん,なぜやってくれないのですか。できないからですかそうですか。心霊番組のアレはただの見世物,ショーに過ぎないのですね。

だからといってお葬式やお墓参り自体が無意味だなどというつもりは毛頭ありません。死者は,亡くなった日から四十九日かけて成仏する。黄泉路でいろいろな神様と出会い,現世で行った罪のひとつひとつを浄化してもらうのです。それが完了し,慈しみの気持ちと現世に残した家族への愛情のみが残って,はじめて霊が仏に変わるのです。

遺族はそうした概念を持ちつづけることで生活に張りを取り戻し,死者の分も健康で長生きしようと思うものなのです。死者の肉体は滅んでも,仏壇の中の遺影・位牌となって家族を見守ってくれますから。

心霊番組の低俗さは,日本のメディア・マスコミがそうした気持ちをどこまでくみ取っているかを知るよい指標になるでしょう。カスみたいなものしかないのが特徴ですが。

でも――と考えてみます。もしもほんとうに霊魂が存在し,私たちとなんらかの方法でコミュニケーションがとれるとしたら。

「霊は存在する」と信じている人は現実にいますが,霊の存在を証明することはまず不可能なわけです。でもそうした人の話を聞くことで,霊の存在を知る手がかりを得ることは可能かもしれません。傍証をつかむというのか。

以前,ある女性を会話していて,なぜか怪談話の応酬になってしまいました。その女性はもともとイタコの家系になっているそうで,霊体験が豊富,家族みな霊感がつよく,簡単なものなら霊媒じみたこともできるといいます。「あなたの幽体を切り離すこともできますよ」と言ってたな。やってもらわなかったけれど。

彼女と話してるうち,こんなことを言い出したのです。

「もうこの話やめた方いいよ。怖い話すると霊が招き寄せられるって知ってる? もう来てるし」

思わず寒気がしてしまいましたね(笑。

「え,どこに来てるの?」

「ていうか霧がかかってきてる」

さらに寒気が(笑)。私にはなにも変化を感じられなかったけれど。

話は飛びますけれど『もののけ姫』という映画をご覧になった方は多いでしょう。私はああいう世界(木霊=こだま=や鹿神=ししがみ=の棲む自然)にあこがれて,なおかつ「ああいう世界」が壊されていくことに強い怒りをもって告発する活動をしています。で,いまもかろうじて残されている『もののけ姫』の世界を歩き回り,いろんな動植物と出会っていますが,いつも会いたい会いたいと思いつつ,いまだにかなわない対象があります。

言うなれば自然の精霊です。木霊でも妖精でも妖怪でも人食い化け物でもいいんですが,いまもって会えていません。

彼女が「ここ,霊が来てる」と言ったとき,ふと脳裏にひらめいたのです。私たちの怪談話に誘われてきたという,その流れの霊(浮遊霊かな?)を通じて,自然界をつかさどる精霊と,なんとかコンタクトをとれないだろうか,と。

言ってみたんですよ彼女に。

「その霊に頼んでもらえない? 俺は○○の仕事してるんだけど,森に住む精霊や妖精とどうにかして会話したい。樹齢なん百年という大樹には精霊が宿るっていうじゃん,神社の大木とかにも。森にはそんな木がたくさんあるんだよ,なんとかならない?」

「できない」そうです。orz

彼女の自宅そばには古い神社があり,いつも,けもの道のような道を歩いてお参りしているといいます。草がうっそうと生い茂っていて,とても荘厳,言い換えれば気味が悪いとか。

私はバード=ウォッチングにせよフィールド調査にせよ,森の中で活動してるから「こんど森の奥深くまで行ってみようか?」と言うと「だめですよそんなとこ行っちゃ!」と静止され,思わず噴き出してしまいました。

森の中で待ち構えていて,通りかかりの旅人や,木こりを喰らう化け物の話はもうおとぎ話に過ぎませんが,そうした手付かずの森は,いまもまだわずかながら残されています。妖精や精霊たちが充満しているであろう森羅万象なる自然が――。

それら精霊たちと交信できたら,どれだけすばらしいだろうか。野鳥や植物となら会話しているけれど…。

破壊されゆく森に意思があり,私たち人間に訴えたいことがあるならぜひ聞きたい。

聞かせてください。あなたたちの訴えを。